男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
「ジル、あれが食べたいんだけれど!」
 ロゼリアは王城の食堂で食べるものとは違う、目の前で作ってくれるハムとチーズを挟んだだけのサンドイッチを右手にもちかぶりつきながら、別の店で購入した健康に良いという緑のハーブエキスにたっぷりと蜂蜜を加えて甘くしたジュースを左手に持ち、交互に口にする。
 そして、ロゼリアはさらに、次の獲物を狙って、屋台の鉄板の上で焼かれ、香ばしい匂いに鼻をぴくつかせている。

「お前なあ、ほんとに王子さまなのか?そのはしゃぎようはまるで……」
 ジルコンはロゼリアの購入する店で同じものを頼み、賑わうマーケットの人波にロゼリアが流されて行かないように肩を擦り合わせて歩いていた。
 まるで、あの時のお転婆な女の子のようだ、と言いかけて、その言葉を飲み込んだのだった。
  
 屋台には、いかにもBランクのいびつな形の淡水真珠のアクセサリーや、鮮やかな鶏の羽を束ねた扇子もある。
 それらは、このスクールに参加するエストやラドーの影響だと思われた。
 ジルコンが知る限り去年のマーケットにはなかったものである。
 ロゼリアは淡水真珠のアクセサリーのところで立ち止まり膝を折り、物色している。
 真珠はやはり気になるようだった。
 ふと胸に手をやると、シリウス宝飾店の亭主が押し付けた海の真珠を包んだものに触れた。
 ジルコンは淡水真珠のアクセサリーを手にとった。
 値段は安いにものから高いものまでさまざまなようである。

「お兄さんなら、本物の金鎖のペンダントがいいんじゃないかな」
 金を伸ばした糸を細いペンチでつまんでくるくると水晶に巻き付けていた学生がジルコンに声をかけた。
 エール国の男子にしては珍しく長髪で、後ろに一つに結んでいる。
 ジルコンは学生のそばにかがみ、見ているふりをして学生に真珠の粒を握らせた。

「見るところ、職人の卵のようだが、この真珠をあのように金の糸でくるくる巻いて留めて、ペンダントにしてもらえないか?」
「これは、真珠?にしては丸いし、でかいし、きれいすぎる。こんなのみたことがない」
 学生はつまんで光に透かした。
「これを今から加工して欲しい。シンプルながら優雅なヤツで。金の鎖は、アレでいい。値段は言い値を払う。できるか?」
 学生はうなずいた。
「出来上がりは……」
 ジルコンは離れたところに立つ、マントの男を顎で目で示す。本当に巻いた訳ではない。アデールの王子とお忍びで楽しむ思い出がほしかったのだ。
「あいつに渡してくれ」

 学生はまじまじと依頼人を見た。
 整った目鼻立ち。甘さのない目は、真夏の晴れ渡る空のように青い。
 アクセサリーをつつく若者もフードからこぼれる金髪の束はエールでは珍しい。
 学生は、ようやく自分にオーダーした相手が誰なのか理解した。

「おう……」
 ジルコンは学生にウインクする。
「お前の名前を聞いていいか?」
「セシリオと申します!アクセサリーデザインを学んでいます。これは副業のようなものですが、客の喜ぶ顔が嬉しくて毎週休みに店を出しています!俺を選んでくださってありがとうございます!」
 ジルコンは神妙に頷いた。
 とたんにセシリオの胸はどきどきと打ちはじめた。
 これまで一度も感じたことのないほどの喜びと底の見えない崖を覗き込んだような不安が、同時にセシリアの胸で暴れ出していた。

「あいつには内緒にしてくれ。サプライズプレゼントなんだ」
「は、はいっ!もちろんです!」
 セシリオは背筋を伸ばしすぎて椅子から転び落ちそうになりながら、真っ赤な顔で返事をする。
 その声は裏返って、何事かと隣の店のライバルがセシリオを見るが、彼はすぐに自分の作品に手を伸ばす客に意識を戻したのである。

 セシリオは、地味なフードに身を包む二人が去った後、すぐさまスケッチブックを取り出した。
 このセシリオさえもわかる最高品質の丸い真珠を活かすデザインを描き始めた。
 シンプルに優雅に。
 線を走らせると不思議と不安が消えていく。
 デザインをかき上げると、セシリオは一気に真珠を傷つけないように細く伸ばした金を巻き付ける。
 真珠を活かすために、辛うじて落ちない程度にだけ。

 時間はそれほどない。
 王子のお忍びの第一の騎士がセシリオを待っていた。
 仕上がりは、セシリオの人生の中で確かに最高傑作であった。
 あの金髪の若者にプレゼントするのだろう。
 ジルコン王子はきっと満足すると確信する。
 セシリオにはこれを身につけたあの若者の、笑顔が目に浮かぶからだ。
 だが、この程度が自分の最高傑作なのである。
 もっと実力があれば自分はさらに素晴らしいものを生み出せるはずだというやるせなさを、セシリオは感じたのであった。



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