男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
57、夜月を確保せよ①
目についたものを片っ端から食べてロゼリアはお腹いっぱいになる。
ベラではないが、どれも次回にするには惜しかった。
ジルコンも楽しそうなのが嬉しい。
ロゼリアは人だかりに気が付いた。
「あれは何?」
ロゼリアは駆け出した。
「おい、待て。急に走り出すな!」
薬樹公園と闘鶏場の間の広場に膝丈ほどの高さの舞台があった。
司会者が名前を呼び、呼ばれたものが歓喜の悲鳴をあげながら舞台に上がる。
歌に踊り、音楽など、路上ではなくてちゃんと観客に聞いてもらう舞台であった。
「ここに出るまでに彼らは予選を勝ち抜いてきたよ。休日が対決場で、出し物のなかで一番だった人を観客たちが投票して決めるんだ」
「歌でも踊りでもいいの?」
ロゼリアはそわそわする。自分がもし出るならば何がいいのか。
「なんでも。一人でも複数で出てもいい」
ジルコンはロゼリアの様子を見て笑う。
「残念ながら今日の勝負はもう終わって優勝者が決まったようだよ。歌を歌った娘が優勝したようだな。今度は平日の予選から準備していた方がいいんじゃないか?というか、アデールの王子としてどうなんだ?王族が参加してもいいものなのか?」
ジルコンは一度も自分が参加しようなどと思い付いたことはなかった。
自分は常に鑑賞する側、評価する側だった。
「いいんじゃない?僕はたいして知られていないし。別に、アデールを代表して出るわけでなくて、僕が、僕個人として出てみたいだけなんだ。審査も、そのつもりでして欲しいし」
「まさか、スクールの誰かが出ようするとは思わなかったよ」
ジルコンはアデールの王子といると、自分の中の固く閉じ合わされた合わせ目がほろほろと解けていくような気がする。
女性が涙を浮かべ、司会者から花束を贈られている。
小さな子供が舞台によじりあがって女性に抱きついた。慌てて父親らしき、女性の旦那が子供を抱きかかえ、さらに子供ごと女性を抱きしめた。
女性よりも旦那が泣いている。
観客からおめでとう!良かったぜ!お熱いなあ!感動したよ!
などと、口々に彼女と夫をほめたたえていた。
舞台の優勝者とその家族の喜びがひしひしと伝わってくる。
「よく知ってるんだね」
「自国の国民の娯楽のことは大体知っている。この舞台で、この優勝をきっかけにして、歌の仕事が彼女にまわってくるのじゃないかな」
ジルコンは、ある女優の卵と知り合ったのも、この場であったことなどアデールの王子にいうつもりはない。
男同士、女の話ぐらい親しくなればするかもしれないが、アデールの王子に話すのははばかられた。
それは、彼の妹と婚約したからという意味だけでなく、なんとなく、女の影を匂わせたくなかったからだった。
アデールの王子に対して、自分の行動はどこかおかしいと自覚している。
スクールの間はその気持ちや行動を我慢できても、ふたりきりなら抑制のしようがなかった。
司会者は、三位まで名前を呼び舞台に上がる。
それぞれ花束と拍手で迎えられた。
表彰が終わると再び、舞台は司会者だけになった。
「では皆さまお待ちかね。今度は人でなく鶏での競い合いが始まります!誇りと名誉を掛けたこの戦い、さてどちらが勝つでしょうか」
ロゼリアは身じろいだ。生唾を飲む。
「闘鶏が行われるの?」
「そんなはずはない。闘鶏は国営事業で管理されている。こんなところで行われないよ」
即座にジルコンは否定した。
舞台には囲いがない。興奮した鳥は飛びあがりぶつかりあい、もつれあうので舞台からすぐに飛び出して観客席になだれ込んでしまう。
司会者に名前を呼ばれた東と西を代表する二人の男がでてきた。
布を掛けた大きな鶏籠をそれぞれもっていて、左右に分かれて床に置く。
司会者はぐるりと観客を見回した。
「さあ、ここにおります二羽ののど自慢。専門の審判も席についていてもらっています。この道50年の鶏飼い名人……」
紹介された最前列の老人がのろのろと立ち上がり軽く頭をさげた。
「東の方、ご用意は良いでしょうか!」
東の男はうなずいた。
地面に置いた鳥籠の布にむかって何かささやきかけると布を一気に取り去った。
中には白い鶏がいる。
羽に目だった特徴はないが、鶏冠と利発そうな真っ赤な目、耳朶が大きい。
立派な雄である。
いきなり明るいところに出されて、鶏はぱちぱちぱちと瞬きをした。
目の前の観客たちに驚き、くくくと首を動かし全部を見た。
頭を左右にふると、地面すれすれに頭を落とした。
くちばしを一度ぱかっと開いたかと、閉じた。
そして絞り出すように低い唸り声。
喉の奥で音を共鳴させている。
ぐうるるるる……
「もしかしてこれ、歌合せじゃない?」
ロゼリアは目を輝かせた。
ロゼリアはいきなり始まった導入の、うなり声に似た低い声に興奮する。
「後ろの、だまりなさい。もう始まっているのだから」
ジルコンが返事をする前に、前の席のフードの男が注意する。
手に真っ赤な羽の扇をもっている。エストである。
ロゼリアはすぐに気が付いたが、エストの注意は完全に舞台の上で謡い始めた鶏にある。
低い唸り声は、一転、文字通り、高音へ飛んだ。
飛んだかと思うと急下降する。再び底に落ちると今度は張りのある声で緩やかに上っていき、高音でこれ以上ないかというほどとどまると、風船の空気が抜けていくように落ちていく。
ニワトリと言えばコケコッコーと鳴く常識とはまるで違う、歌声である。
鶏の顔に色があるならば、真っ赤になりながら、たっぷり15秒ほど美声を聞かせてくれる。
観客たちは最後の音がかすれて絶え絶えになり、完全に聞こえなくなるまで耳をすました。
聞き終えると、ため息が漏れる。
会場は静寂に包まれる。
「……対する西の方!よろしくお願いいたします」
西の太った男性は緊張し真っ青ながら、さっと勢いよく布を取り去った。
茶の斑の鶏は驚きバサバサとはばたかせたが、すぐに鳴く態勢にはいった。
声は東の鶏ほど低くなく、高くなく。だが時間的には二秒ほど長く鳴く。
西の鶏が鳴きやむと、すぐさま二回戦に突入し、東の鶏がさらに声を低く、抑揚をつけて歌い上げた。
終えたときには横倒しに倒れるぐらいに頑張った。
西の鶏も頑張るが、東の鶏につられて、普段よりも低く声を出そうとしてつまずいたが、最後までなんとか鳴きあげた。こちらも、もう立っていることはできずしゃがみ込んでいる。
鶏名人は、抑揚のすばらしさで優勝は東の鶏とした。
東の男は鶏にキスしそうな喜びようであった。
司会者は次の勝負に移る。
次は長尾の美しさを競う勝負である。
先ほどと同様に東と西にわかれ、自慢の鶏の尾羽の美しさを自慢している。
「先ほどの歌声、素晴らしいな。夜月と掛け合わせれば、羽色は黒でありながら素晴らしい喉をもった長鳴鶏が生まれるに違いない」
エストの独り言をロゼリアは聞く。
エストの目は舞台をおりた雄鶏とその飼い主の男に目を注がれている。
背後にいるのがジルコンとロゼリアと気が付いていないようだった。
彼の足元には、シルクの布にくるまれた大きな鳥がある。
ぐうるぐうると低く声をあげている。
今度は自分の番であるかのように思っているようだった。
だが、長鳴きをするのはもっぱらオスである。
メスの夜月は鳴いても、聞かせられるものではない。
「エスト、夜月の伴侶を探しに来たの?」
ロゼリアは声をかけた。
無防備だった背後からいきなり声をかけられてエストは飛び上がらんばかりに驚いた。
ロゼリアとジルコンに気が付いたのだった。
ベラではないが、どれも次回にするには惜しかった。
ジルコンも楽しそうなのが嬉しい。
ロゼリアは人だかりに気が付いた。
「あれは何?」
ロゼリアは駆け出した。
「おい、待て。急に走り出すな!」
薬樹公園と闘鶏場の間の広場に膝丈ほどの高さの舞台があった。
司会者が名前を呼び、呼ばれたものが歓喜の悲鳴をあげながら舞台に上がる。
歌に踊り、音楽など、路上ではなくてちゃんと観客に聞いてもらう舞台であった。
「ここに出るまでに彼らは予選を勝ち抜いてきたよ。休日が対決場で、出し物のなかで一番だった人を観客たちが投票して決めるんだ」
「歌でも踊りでもいいの?」
ロゼリアはそわそわする。自分がもし出るならば何がいいのか。
「なんでも。一人でも複数で出てもいい」
ジルコンはロゼリアの様子を見て笑う。
「残念ながら今日の勝負はもう終わって優勝者が決まったようだよ。歌を歌った娘が優勝したようだな。今度は平日の予選から準備していた方がいいんじゃないか?というか、アデールの王子としてどうなんだ?王族が参加してもいいものなのか?」
ジルコンは一度も自分が参加しようなどと思い付いたことはなかった。
自分は常に鑑賞する側、評価する側だった。
「いいんじゃない?僕はたいして知られていないし。別に、アデールを代表して出るわけでなくて、僕が、僕個人として出てみたいだけなんだ。審査も、そのつもりでして欲しいし」
「まさか、スクールの誰かが出ようするとは思わなかったよ」
ジルコンはアデールの王子といると、自分の中の固く閉じ合わされた合わせ目がほろほろと解けていくような気がする。
女性が涙を浮かべ、司会者から花束を贈られている。
小さな子供が舞台によじりあがって女性に抱きついた。慌てて父親らしき、女性の旦那が子供を抱きかかえ、さらに子供ごと女性を抱きしめた。
女性よりも旦那が泣いている。
観客からおめでとう!良かったぜ!お熱いなあ!感動したよ!
などと、口々に彼女と夫をほめたたえていた。
舞台の優勝者とその家族の喜びがひしひしと伝わってくる。
「よく知ってるんだね」
「自国の国民の娯楽のことは大体知っている。この舞台で、この優勝をきっかけにして、歌の仕事が彼女にまわってくるのじゃないかな」
ジルコンは、ある女優の卵と知り合ったのも、この場であったことなどアデールの王子にいうつもりはない。
男同士、女の話ぐらい親しくなればするかもしれないが、アデールの王子に話すのははばかられた。
それは、彼の妹と婚約したからという意味だけでなく、なんとなく、女の影を匂わせたくなかったからだった。
アデールの王子に対して、自分の行動はどこかおかしいと自覚している。
スクールの間はその気持ちや行動を我慢できても、ふたりきりなら抑制のしようがなかった。
司会者は、三位まで名前を呼び舞台に上がる。
それぞれ花束と拍手で迎えられた。
表彰が終わると再び、舞台は司会者だけになった。
「では皆さまお待ちかね。今度は人でなく鶏での競い合いが始まります!誇りと名誉を掛けたこの戦い、さてどちらが勝つでしょうか」
ロゼリアは身じろいだ。生唾を飲む。
「闘鶏が行われるの?」
「そんなはずはない。闘鶏は国営事業で管理されている。こんなところで行われないよ」
即座にジルコンは否定した。
舞台には囲いがない。興奮した鳥は飛びあがりぶつかりあい、もつれあうので舞台からすぐに飛び出して観客席になだれ込んでしまう。
司会者に名前を呼ばれた東と西を代表する二人の男がでてきた。
布を掛けた大きな鶏籠をそれぞれもっていて、左右に分かれて床に置く。
司会者はぐるりと観客を見回した。
「さあ、ここにおります二羽ののど自慢。専門の審判も席についていてもらっています。この道50年の鶏飼い名人……」
紹介された最前列の老人がのろのろと立ち上がり軽く頭をさげた。
「東の方、ご用意は良いでしょうか!」
東の男はうなずいた。
地面に置いた鳥籠の布にむかって何かささやきかけると布を一気に取り去った。
中には白い鶏がいる。
羽に目だった特徴はないが、鶏冠と利発そうな真っ赤な目、耳朶が大きい。
立派な雄である。
いきなり明るいところに出されて、鶏はぱちぱちぱちと瞬きをした。
目の前の観客たちに驚き、くくくと首を動かし全部を見た。
頭を左右にふると、地面すれすれに頭を落とした。
くちばしを一度ぱかっと開いたかと、閉じた。
そして絞り出すように低い唸り声。
喉の奥で音を共鳴させている。
ぐうるるるる……
「もしかしてこれ、歌合せじゃない?」
ロゼリアは目を輝かせた。
ロゼリアはいきなり始まった導入の、うなり声に似た低い声に興奮する。
「後ろの、だまりなさい。もう始まっているのだから」
ジルコンが返事をする前に、前の席のフードの男が注意する。
手に真っ赤な羽の扇をもっている。エストである。
ロゼリアはすぐに気が付いたが、エストの注意は完全に舞台の上で謡い始めた鶏にある。
低い唸り声は、一転、文字通り、高音へ飛んだ。
飛んだかと思うと急下降する。再び底に落ちると今度は張りのある声で緩やかに上っていき、高音でこれ以上ないかというほどとどまると、風船の空気が抜けていくように落ちていく。
ニワトリと言えばコケコッコーと鳴く常識とはまるで違う、歌声である。
鶏の顔に色があるならば、真っ赤になりながら、たっぷり15秒ほど美声を聞かせてくれる。
観客たちは最後の音がかすれて絶え絶えになり、完全に聞こえなくなるまで耳をすました。
聞き終えると、ため息が漏れる。
会場は静寂に包まれる。
「……対する西の方!よろしくお願いいたします」
西の太った男性は緊張し真っ青ながら、さっと勢いよく布を取り去った。
茶の斑の鶏は驚きバサバサとはばたかせたが、すぐに鳴く態勢にはいった。
声は東の鶏ほど低くなく、高くなく。だが時間的には二秒ほど長く鳴く。
西の鶏が鳴きやむと、すぐさま二回戦に突入し、東の鶏がさらに声を低く、抑揚をつけて歌い上げた。
終えたときには横倒しに倒れるぐらいに頑張った。
西の鶏も頑張るが、東の鶏につられて、普段よりも低く声を出そうとしてつまずいたが、最後までなんとか鳴きあげた。こちらも、もう立っていることはできずしゃがみ込んでいる。
鶏名人は、抑揚のすばらしさで優勝は東の鶏とした。
東の男は鶏にキスしそうな喜びようであった。
司会者は次の勝負に移る。
次は長尾の美しさを競う勝負である。
先ほどと同様に東と西にわかれ、自慢の鶏の尾羽の美しさを自慢している。
「先ほどの歌声、素晴らしいな。夜月と掛け合わせれば、羽色は黒でありながら素晴らしい喉をもった長鳴鶏が生まれるに違いない」
エストの独り言をロゼリアは聞く。
エストの目は舞台をおりた雄鶏とその飼い主の男に目を注がれている。
背後にいるのがジルコンとロゼリアと気が付いていないようだった。
彼の足元には、シルクの布にくるまれた大きな鳥がある。
ぐうるぐうると低く声をあげている。
今度は自分の番であるかのように思っているようだった。
だが、長鳴きをするのはもっぱらオスである。
メスの夜月は鳴いても、聞かせられるものではない。
「エスト、夜月の伴侶を探しに来たの?」
ロゼリアは声をかけた。
無防備だった背後からいきなり声をかけられてエストは飛び上がらんばかりに驚いた。
ロゼリアとジルコンに気が付いたのだった。