男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
59、夜月を確保せよ③
イノシシは売り物だった衣服を顔に絡ませ、前がわからない状態でめちゃくちゃに飛び上がり走り体当たりしながら舞台のある広場にまで突進してきた。
司会者が慌てて、逃げるように叫び、さらに観客たちは転びながらイノシシの進路をよけようと、逃げ出した。
ロゼリアはイノシシの進路を確認する。
だが、イノシシは一匹だけではなかった。服やアクセサリーを絡ませ巻き込みながら、数頭突進してきていた。
仕留めるための武器はない。
ロゼリアはジルコンに引きずられるようにして後退させられる。彼らの前にはロサンとアヤがいつの間にか剣を抜いていた。
イノシシは舞台へと突進していき、司会者のすぐわきを走り抜け、尾長鶏の尾羽を踏みつけた。
品評会に来ていた鶏たちはけたたましく鳴き立て、籠の中にいる鶏は籠の中で羽をめちゃくちゃにばたつかせ、籠が転がった。
エストも必死で籠を押さえていた。夜月が他の鶏たちと同様に恐怖にあばれだしていたからだ。
エストはその時、横から向かってくる別の一匹に気が付かない。
そのことにジルコンもロゼリアも気が付いた。
「エスト、危ない!」
ロゼリアは叫んだ。
ロサンとアヤが壁になり、二人をそれ以上先へは行かせない。
「エストさま!」
エストを横から飛び出して後ろに引かせたのは彼の護衛。
赤い羽根の扇子が腰ほどある巨大なイノシシに弾かれふんわりと頭上を越えて飛ぶ。
三頭のイノシシが、突風のように、舞台と観客席をめちゃくちゃに踏み荒らし突き飛ばして走り抜けていった。
イノシシの前方には鶏の育種場がある。
そこは垣根が築かれ放し飼いの鶏などもたくさんいる。
一般の人でも中に作られた散歩道を通りながら様々な種類の鶏を鑑賞できるようになっていた。
そして、卵や肉を食用とするニワトリたちもたくさん飼われていた。
イノシシの後から、槍をもった警備員が追いかけていくが、育種場からはけたたましい鶏の悲鳴がいくつも上がり、数百メートルは離れているが、何かが壊れる音やバサバサと羽音が聞こえるようだった。
人々は呆然と嵐の過ぎ去った後のような現場に立ち尽す。
犠牲になったのか、鶏の胸毛が大粒の雪のように空をゆらりゆらりと舞って落ちてきていた。
「育種場は大丈夫だろうか」
ロゼリアはイノシシが来た方向の惨状も気になったが、行った先の育種場から地面を走る黒や白や茶色の鶏の群れを見る。滑走しながら低空に飛んでいる鶏もいた。
重い身体を浮かせ、さらに高く飛び立つものたちもいる。
「イノシシは警備兵に仕留められるだろうが、逃げ出した鶏の後処理が大変だろう」
ジルコンがいうように、育種場で働く者たちが鶏を追いかけ始めた。
鶏の大部分が、柵や石垣をものともせず鎮守の森に消えていく。
捕まえられるのはうろうろしている鶏である。
ただ、逃げ出した数が多い。育種場のスタッフが捕まえるのを手伝ってくれ!と叫んでいた。
警備兵も腰をかがめて追いかけている。
ロゼリアの方にも突っ込んで走ってくるシャボがいて、ロゼリアはつつかれないように気を付けながら捕まえた。
「おい、それをどうするつもりだ」
ジルコンがロゼリアの手の中に納まるシャボと視線が合い、面食らっている。
「何って、確保だよ。一匹でも多く捕まえてあげなきゃ」
「ロサン、アヤ!アンジュ王子の真似をするんじゃないぞ。騎士の本分を忘れるな」
ジルコンは釘をさした。
ロゼリアにつられて、黒騎士が鶏の尻を追いかけるなんてこともしだしかねないからだ。
「承知しております!」
二人は声をそろえていう。
四人の横を、尾長鶏が駆け抜けていく。
悔しそうにロゼリアは二メートルはある長い尾羽がはためき流れるのをみている。
それにロサンとアヤの登場で、イノシシの騒動から立ち直った者たちが、ジルコン王子たちに気が付き始めていた。
彼らの前方ではエストが彼の護衛に助けられていた。
立ち上がると鳥籠の方へ駆け寄った。
鳥籠はシルク布がいびつな形に乱れていた。
最悪の光景がエストに浮かぶ。
そして、震える手で覆いをとるとエストは悲愴な叫びをあげた。
鳥籠の窓はイノシシにぶつかった衝撃でへちゃげ、壊れていた。
中にあるのは黒い羽の残骸だけ。
エストは状況を理解する。
「なんてことだ……夜月がいない。襲われた。逃げだした!」
怪我したような血の痕跡はない。
地面を走る黒い影を探す。空を見上げる。
空にはいくつかの白や茶の鶏にまざり、一点、黒い影もあった。
見た瞬間にエストにはそれが夜月であるという確証がある。
なぜなら、きらりと光りを反射したからだ。
夜月の足には銀の輪が付けられている。
鶏たちは森の中に吸い込まれるようにして消えていく。
追いかけようとしたエストは、彼の護衛に阻まれた。
「不用意に森に入ったら危険です。落ち着かれませ」
「だが、わたしの夜月が森にいる。捕まえないと」
エストは完全に取り乱していた。
「今すぐなら捕まえられるかもしれない。僕も一緒に探す」
ロゼリアもエストが夜月を大事に可愛がっていることを知っている。
エストに加勢しようとする。
だがジルコンはロゼリアの腕をつかんだ。
ロゼリアの腕の中でシャボが暴れた。
「森の中に勝手に入ってはならないことになっている。この禁忌を破れば重大な罪を問われかねないからよせ」
鎮守の森は一部は解放されているところもあるが、このあたり一帯は、山菜をとったり、狩猟をする期間以外は、立ち入り禁止とされている。
「森には入れない……」
エストは蒼白になった。
その後、闘鶏場の試合は中断される。
マーケットも、舞台も終わりだった。
薬樹公園は怪我人の治療と店の被害の状況確認で騒然となっていた。
王の警備兵と医療班が即座に対応し、急速に混乱は落ち着いていく。
そして、薬樹公園の被害報告を受け、身体や財産に被害を受けた人にフォルス王から手厚い見舞金が送られることが決定する。
育種場から逃げ出し森の中へと消えた鶏分は、損害の補填替わりにフォルス王が全て買い上げた。
そして、鎮守の森で王主催の狩りが行われることが決定する。
夏スクールの王子たちは、王の一声で強制参加である。
獲物はイノシシ。
そして鶏。
司会者が慌てて、逃げるように叫び、さらに観客たちは転びながらイノシシの進路をよけようと、逃げ出した。
ロゼリアはイノシシの進路を確認する。
だが、イノシシは一匹だけではなかった。服やアクセサリーを絡ませ巻き込みながら、数頭突進してきていた。
仕留めるための武器はない。
ロゼリアはジルコンに引きずられるようにして後退させられる。彼らの前にはロサンとアヤがいつの間にか剣を抜いていた。
イノシシは舞台へと突進していき、司会者のすぐわきを走り抜け、尾長鶏の尾羽を踏みつけた。
品評会に来ていた鶏たちはけたたましく鳴き立て、籠の中にいる鶏は籠の中で羽をめちゃくちゃにばたつかせ、籠が転がった。
エストも必死で籠を押さえていた。夜月が他の鶏たちと同様に恐怖にあばれだしていたからだ。
エストはその時、横から向かってくる別の一匹に気が付かない。
そのことにジルコンもロゼリアも気が付いた。
「エスト、危ない!」
ロゼリアは叫んだ。
ロサンとアヤが壁になり、二人をそれ以上先へは行かせない。
「エストさま!」
エストを横から飛び出して後ろに引かせたのは彼の護衛。
赤い羽根の扇子が腰ほどある巨大なイノシシに弾かれふんわりと頭上を越えて飛ぶ。
三頭のイノシシが、突風のように、舞台と観客席をめちゃくちゃに踏み荒らし突き飛ばして走り抜けていった。
イノシシの前方には鶏の育種場がある。
そこは垣根が築かれ放し飼いの鶏などもたくさんいる。
一般の人でも中に作られた散歩道を通りながら様々な種類の鶏を鑑賞できるようになっていた。
そして、卵や肉を食用とするニワトリたちもたくさん飼われていた。
イノシシの後から、槍をもった警備員が追いかけていくが、育種場からはけたたましい鶏の悲鳴がいくつも上がり、数百メートルは離れているが、何かが壊れる音やバサバサと羽音が聞こえるようだった。
人々は呆然と嵐の過ぎ去った後のような現場に立ち尽す。
犠牲になったのか、鶏の胸毛が大粒の雪のように空をゆらりゆらりと舞って落ちてきていた。
「育種場は大丈夫だろうか」
ロゼリアはイノシシが来た方向の惨状も気になったが、行った先の育種場から地面を走る黒や白や茶色の鶏の群れを見る。滑走しながら低空に飛んでいる鶏もいた。
重い身体を浮かせ、さらに高く飛び立つものたちもいる。
「イノシシは警備兵に仕留められるだろうが、逃げ出した鶏の後処理が大変だろう」
ジルコンがいうように、育種場で働く者たちが鶏を追いかけ始めた。
鶏の大部分が、柵や石垣をものともせず鎮守の森に消えていく。
捕まえられるのはうろうろしている鶏である。
ただ、逃げ出した数が多い。育種場のスタッフが捕まえるのを手伝ってくれ!と叫んでいた。
警備兵も腰をかがめて追いかけている。
ロゼリアの方にも突っ込んで走ってくるシャボがいて、ロゼリアはつつかれないように気を付けながら捕まえた。
「おい、それをどうするつもりだ」
ジルコンがロゼリアの手の中に納まるシャボと視線が合い、面食らっている。
「何って、確保だよ。一匹でも多く捕まえてあげなきゃ」
「ロサン、アヤ!アンジュ王子の真似をするんじゃないぞ。騎士の本分を忘れるな」
ジルコンは釘をさした。
ロゼリアにつられて、黒騎士が鶏の尻を追いかけるなんてこともしだしかねないからだ。
「承知しております!」
二人は声をそろえていう。
四人の横を、尾長鶏が駆け抜けていく。
悔しそうにロゼリアは二メートルはある長い尾羽がはためき流れるのをみている。
それにロサンとアヤの登場で、イノシシの騒動から立ち直った者たちが、ジルコン王子たちに気が付き始めていた。
彼らの前方ではエストが彼の護衛に助けられていた。
立ち上がると鳥籠の方へ駆け寄った。
鳥籠はシルク布がいびつな形に乱れていた。
最悪の光景がエストに浮かぶ。
そして、震える手で覆いをとるとエストは悲愴な叫びをあげた。
鳥籠の窓はイノシシにぶつかった衝撃でへちゃげ、壊れていた。
中にあるのは黒い羽の残骸だけ。
エストは状況を理解する。
「なんてことだ……夜月がいない。襲われた。逃げだした!」
怪我したような血の痕跡はない。
地面を走る黒い影を探す。空を見上げる。
空にはいくつかの白や茶の鶏にまざり、一点、黒い影もあった。
見た瞬間にエストにはそれが夜月であるという確証がある。
なぜなら、きらりと光りを反射したからだ。
夜月の足には銀の輪が付けられている。
鶏たちは森の中に吸い込まれるようにして消えていく。
追いかけようとしたエストは、彼の護衛に阻まれた。
「不用意に森に入ったら危険です。落ち着かれませ」
「だが、わたしの夜月が森にいる。捕まえないと」
エストは完全に取り乱していた。
「今すぐなら捕まえられるかもしれない。僕も一緒に探す」
ロゼリアもエストが夜月を大事に可愛がっていることを知っている。
エストに加勢しようとする。
だがジルコンはロゼリアの腕をつかんだ。
ロゼリアの腕の中でシャボが暴れた。
「森の中に勝手に入ってはならないことになっている。この禁忌を破れば重大な罪を問われかねないからよせ」
鎮守の森は一部は解放されているところもあるが、このあたり一帯は、山菜をとったり、狩猟をする期間以外は、立ち入り禁止とされている。
「森には入れない……」
エストは蒼白になった。
その後、闘鶏場の試合は中断される。
マーケットも、舞台も終わりだった。
薬樹公園は怪我人の治療と店の被害の状況確認で騒然となっていた。
王の警備兵と医療班が即座に対応し、急速に混乱は落ち着いていく。
そして、薬樹公園の被害報告を受け、身体や財産に被害を受けた人にフォルス王から手厚い見舞金が送られることが決定する。
育種場から逃げ出し森の中へと消えた鶏分は、損害の補填替わりにフォルス王が全て買い上げた。
そして、鎮守の森で王主催の狩りが行われることが決定する。
夏スクールの王子たちは、王の一声で強制参加である。
獲物はイノシシ。
そして鶏。