新妻の条件~独占欲を煽られたCEOの極上プロポーズ~
1.桜の下の失礼な男
 四月の下旬、北海道の道南に位置するここは数日前に桜も咲き始め、過ごしやすい気候になった。
 
 おじいちゃんと十五時の休憩をした後、私は自宅を出て厩舎に向かった。
 
 柵の中では馬たちがのんびりと草を食んでいる。
 
 私は新鮮な空気を吸うように、天に手を上げて伸びをする。

「いい気候になったね」

 寒さの厳しかった北海道はようやく暖かくなってきた。
 
 海が見えるこの『日野戸(ひのと)牧場』は、祖父の日野戸武夫(たけお)が経営している。
 
 サラブレッドを育成し馬主へ売却することを生業としている牧場で、従業員は男性五名と女性二名の合計七名。

 彼らを束ねるのは五十歳の佐野(さの)明義(あきよし)さん。

 ちなみに女性二名の中に私、日野戸紅里(あかり)も入り、主に馬たちの体調管理や食事の世話をしている。

 地元の高校を卒業した後、同じ地域内にある競走馬の生産・育成に特化した研修所にて一年間住み込みでみっちり学び、退所して家の牧場で働き始めて早いもので四年目になった。

 厩舎に入り、馬房の中にいる芦毛の牡馬に声をかける。黒い肌に灰色の毛をした雪丸(ゆきまる)は、優秀な父親の遺伝子を持つオスの馬だ。

「雪丸、少し走ろうか」

 彼は三歳のサラブレッド。私の姿に「ヒヒン」とうれしそうだ。
 
 手綱を持ち、雪丸を厩舎から出させると、手早く鞍をつけて騎乗した。

「もっとスピードを上げて! そうよ! いい感じ!」

 馬上の私のかけ声で雪丸はさらにスピードを増す。
 
 雪丸の機嫌は上々で、手綱を微妙なあんばいで持つ私の声に応えてくれる。
 
 自分が風になったように感じられる、私の至福の時。
 
 雪丸と一体になって走っていると、頭の中は無になって、ただ景色とこの時間を楽しめるのだ。

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