新妻の条件~独占欲を煽られたCEOの極上プロポーズ~
 見透かすような黒い瞳に、通った鼻筋、少しだけ大きく薄い唇。それが微妙なアンバランス感を醸し出して、男の色気のようなものを感じさせた。
 
 その人は私が笑顔を振りまいているのに、ジッと私と雪丸を見てから視線を逸らす。彼がなにかつぶやいたが、私には届かなかった。

「なんですか?」
 
 思わずムッとして聞き返したが、彼はなぜだか笑いをこらえきれない表情で「失礼、なんでもないよ」と取り繕った。
 
 失礼な人ねっ!
 
 心の中でムッとしたものの、馬主であれば失礼のないようにしなくてはおじいちゃんに大目玉を食らう。
 
 でも、こんな若い馬主を私は知らない。サラブレッドを買う人はかなりのお金持ちでなければ難しい。維持費にお金がかかるから。
 
 だから、代理人? 弁護士? そんなふうに思えた。とはいえ、それでも取引相手を不快にしてはならない。

「髪がぼさぼさでひどいありさまだな」
「よ、余計なお世話ですっ」

 なにがおかしいのか、「クックッ、クッ」と笑いをこらえているような声だ。

「失礼しますっ」

 これ以上彼のそばにいたらさらに怒りが込み上げてきそうなので、そうならないうちに離れた。


 厩舎の入口で佐野さんが泥のついた長靴を洗っていた。

「おっ! 雪丸、紅里ちゃん、おかえり」

 水滴を払おうと足を振りながら、ニコニコと出迎えてくれる。父が生きていたら年齢はさほど変わらない佐野さんは、私の理解者でもある。

「雪丸、楽しそうだなぁ。紅里ちゃんが好きでしょうがないんだな。俺が預かるよ」
「佐野っちゃん、ありがとう! 雪丸、また明日ね」

〝佐野〟プラス〝おっちゃん〟で、私は『佐野っちゃん』と呼んでいた。

 雪丸の頬を軽くなでて、事務所へ歩を進める。

 そこへ車で十五分ほどのところに住む幼なじみの山田渚(なぎさ)が籠を抱えてやって来た。

「紅里! やだっ、髪の毛がひどすぎ。二十三歳に見えないどころか、中学生みたいじゃない」

 渚は私の肩甲骨にかかるほどの長さの髪を指摘し、顔をしかめる。

「さっきまで雪丸と一緒だったから。中学生みたいって、渚がそれを言う? 高校生のときのジャージ着てるのに」

 手櫛でも直そうとしない私に、渚は抱えていた籠を押しつけてきて、代わりに手で整えてくれる。



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