新妻の条件~独占欲を煽られたCEOの極上プロポーズ~
「だから、言ってるでしょ。乗馬すればいいの」
「それはダメ。怖いし、股関節がすぐに痛くなっちゃうし」
「何度も乗っていれば慣れちゃうのに……」
 
 渚の運動嫌いはずっと。一緒に育ってきたわりに、私たちの好きなことや性格はほとんど真逆だった。

「おばちゃんとおじちゃんにもお礼を言っておいてね」
「うん。わかってる。じゃあ、帰るね」

 私は渚と一緒に厩舎を出る。

「馬主が来てるね? めちゃくちゃ高そうな黒塗りの車が停まってたよ」

 彼女が車を停めている場所に向かいながらうなずく。

「みたいだね。そんな人でも来ないと、うちはやっていけないから」

 サラブレッドは年に何十頭も馬主に引き取られていくわけではない。でも競馬界ではそれなりに有名な日野戸牧場だから、従業員にお給料も払えるし、牧場運営もできている。

「暗くなるのが遅くなったね。気をつけて帰ってね」

 その場に立ち止まった渚は見送る私の腕を引っ張り、二十メートルほど離れた先を指さす。

「ねっ、あの人っ」

 入口近くの大きな桜の木を仰ぎ見るようにして、スーツの男性が立っていた。

 さっきの失礼な人だ。

 スラックスのポケットに両手を差し込み、桜を見上げるさまは絵になっている。

 彼は私たちに気づいたのか、こちらの方へ顔を向けた。

「あーん。もっと近くじゃなきゃ顔がよく見えない」

 渚は焦れている。

 そんな私たちを尻目に、その男性はすぐ近くに停められていた黒塗りの高級車に乗り込んでしまった。

「あー行っちゃった。ね、見た? あのイケメン度! 信じられないくらいかっこよかったわ」

 渚は残念そうな声をあげた。

「イケメンだけど、性格は悪いよ。あの人、私に髪がぼさぼさでひどいありさまだなって言ったの」
「えー、話したの!?」

 うらやましそうな声に、私は大きく左右に頭を振る。

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