御曹司は箱入り娘を初夜に暴く~お見合いしたら、溺愛が始まりました~
「あれ? 沙穂さんだ」

一人芝居はピタリと止まった。
背後から聞き覚えのある声。すぐに誰だか分かり、振り向けずに体が震えだす。
それでもうしろに立たれているのも怖くて、ポシェットを握りしめながら、ゆっくりと振り向いた。

「……池畠さん」

逆光で、私は彼の陰にすっぽりと収まっていた。そびえ立っている彼はいつものギラギラとした装いで私を見下ろしていた。
それがまるで追い詰められた小鹿のようで、自分がひどく無力な気分になる。

どうしてこの人がここにいるの?

「珍しいね。ひとりなんて。王子様はどうしたの?」

嫌味な聞き方。私は小さく「お仕事です」と答えた。
会話をしたくなかったが、私の言いたいことはこの人に駄々漏れだった。

「どうして、って顔をしてるね。このレストラン、俺のだから。『レストラン アリア』の下に小さく『ロータス』って書いてあるだろ? 系列店さ。今日はオーナーとして視察に来たんだよ」

嘘! じゃあ一生行かない。
こんなところで鉢合わせなんて最悪だ。

私は「そうですか」と冷たく相づちをうち、すぐに「それでは」と踵を返したが、しつこい池畠さんは手首を掴んで引き留めてくる。

「やっ」

「つれないなぁ。寄っていってよ。気になるから見てたんでしょ?」
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