妖の木漏れ日カフェ
 キキョウさんの部屋に来た。
 
 初めてここに来た時の日を思い出す。あの頃はどうなるかと不安ばかりが心の中を占めていたけれど、今はもうその靄は晴れている。

「その……先日はありがとうございましたっ」

「真由さんの役に立ちたいと思って……。カイさんに聞いたんだ」

「そうだったんですか。でも……本当に良かったです。皆の心が軽くなったようで」

 キキョウさんもきっと、動物だった頃の悲しい記憶から離れられた。

 それは私にとっても喜ばしいことで……だからこそもっともっと近くでキキョウさんのことを見ていたいと願ってしまう。

「私……戻りたくないです。キキョウさんといたいです」

 こんなことを言ったら困らせると分かっているのに、言葉は溢れ出す。

「真由さん」

「もっと側でキキョウさんを見ていたいんです」

 キキョウさんは眉を八の字にして私を見つめる。

 家族や友人に会いたいというのは嘘じゃないし、切望している。

「真由さんが持っている鍵があればいつでもここに来られる。僕はいつでも待ってるよ」

 キキョウさんは笑う。静かに、笑う。

「…………はい、待っててくださいね」

 私も、この世界で生まれたかった。

 そしたらもっとたくさんの時間を皆と過ごせるから。

 お別れなんてしなくてもいい世界だったらよかったのに……。


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