君が描いたあの絵を僕は忘れない。
中学3年の冬のある日に、2人が思い描いていた未来を変えてしまう、大事故があった。
拓真は部活帰り、遥菜と一緒にいつもの住宅街の路地を歩いていた。
いつも通り曲がり角を曲がった時だった。
大型のトラックが拓真目掛けて突っ込んできたのだ。
遥菜は一瞬、状況が理解できなかった。
ドォォンと大きな衝突音が鳴り響き、目の前にはトラックが住宅の壁にのめり込んでいた。
遥菜の目の前が真っ白になった。
たまたま道路側歩いていた遥菜は、間一髪でトラックには当たらなかった。
ただ曲がり角に近い内側を歩いていた拓真が犠牲になってしまったのだ。
目の前には見たくないおぞましい光景が広がっている。
直ぐに近所の人が駆けつけ、救急車で拓真は運ばれていった。
遥菜は拓真を助けることも出来ず、ただ突っ立っていた自分を責めることしかできなかった。
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「そんな顔するなよ。」
遥菜はふと顔をあげた。
横には包帯を巻いた拓真がベッドに横たわっている。
遥菜は何も言えずに
しばらくの沈黙が続いた。
「そこの花。花瓶の水を変えてくれないか?」
拓真が指さしたベッド横の棚には、一輪の花が飾ってある。
「俺の好きな花なんだ。カモミール。
花言葉は逆境に耐える。今の状況にぴったりだろ?手が動かせるようになったら、この花を最初に描きたいんだ。」
遥菜は静かに口を開いた。
「まだ画家を目指してるの?」
「え?」
「だから、こんな状況になってもまだ、
絵を描きたいと思うの?」
拓真の顔が曇る。
「別に都会に行かなくても絵は描ける。
それにこっちの景色の方が綺麗な風景画が描けるだろ?」
「そう。」
花瓶の水を洗面台に流した時、水に映った自分の顔が歪んで見えた。
「なんか冷たいな。気にしてるのか?あの時のこと。」
「…。」
「遥菜、お前はちっとも悪くない。
運が悪かっただけだ。だからそんな」
「私はもう絵を描きたくないの!!」
空気の流れが一瞬にして止まったように感じられた。
「私は絵を描けない。拓真がこんな目にあったのもそうだけど、行きたい高校にも行けなかった。だからもう、描きたくないの。」
拓真は苦笑し、困った顔で言った。
「俺のせいだよな。ごめん。
俺がこんな山奥の病院に入院したからだ。」
遥菜は首を横に振った。
「遥菜は俺に合わせなくても良かったんだ。
俺のことは置いて、都会の美術高校へ行って欲しかった。」
「拓真が退院するまでそばにいるって決めたの。私が決めたの。」
これは私が決めたこと。だから拓真は悪くない。
「でも…」
「だから、いいの。」
強い風が窓から吹き抜け、カーテンを勢いよく揺らす。
「また、俺が描けるようになったら、一緒に絵を描こうな。」
拓真は遥菜をじっと見つめた。
その表情は、
どこか悲しげで、少し苦しそうに見えた。