夜空に見るは灰色の瞳
「今日はまた随分とご機嫌だな。ほれ、出汁巻き」
三永ちゃんに言われたのと同じ台詞と共に、カウンターの向こうから出汁巻き玉子の載った皿が差し出される。
「……私ってさ、そんなにわかりやすい?」
それを受け取りながら、カウンターの向こうに問いかけた。
「あからさまに顔に出るってほどではないけど、よく見ればわかる程度にはな」
かつて同じ職場で働いていた、同僚だった男、大路くんは、手を動かしながらそう答える。
一緒に働いていた頃は営業部のエースなんて呼ばれて、顔もいいうえに仕事も出来ると女性社員に絶大な人気を誇っていた大路くん。
三永ちゃんには男性社員の間にファンクラブがあるとかないとか噂が立っているが、大路くんの場合は女性社員の間に本当にファンクラブが存在している。
今でもあるそのファンクラブの会員達は、時たま集まっては突然の大路くんの退職を嘆いていると聞く。
きっとそんなことなど知りもしないのだろう大路くんは、突然の退職と共にかねてから夢だったという小料理屋を始め、現在はスーツではなく板前のような格好で仕事に励んでいる。
最初は見慣れなかったけれど、今ではスーツよりその格好の方がずっとしっくりくるように思う。
それを、本人に言ったことはないけれど。