もう二度ともう一度
リプレイの男
「発端」
それは静かな午後だった。悲喜劇の前触れはある男の視界に、おもちゃに夢中で走って行く子供の背中として映った。
「あぶない!」
そう後頭部に母親らしき声が聞こえた時、男は小さな背中を追いかけていた。
その少しだけ向こう側には、車が忙しく行き交っていた。
「と、止まってくれ!」
男はすっかり重くなった自分の足を悔やみながら叫んだ、もう間に合わないと感じたからだ。
こんな時、人は不思議とたくさんの思考を一瞬でしてしまうものだ。走る男も例外ではない。
頭では見ず知らずの子供だと思えても、彼の胸には自分より価値がある命に感じた。そんな我が身を守ろうとも思えない人生だったのかもしれない。
彼は前のめりに飛ぶ事を考えた、車線に出る前に横に弾き飛ばす。それしか方法が無かった。多少痛いだろうが車にはねられるよりマシなハズだ。その反動で自分にもギリギリでブレーキがかかる。
そして飛び上がったその瞬間、その子供はバタリと倒れ、男は目標を失った分もあり一人で勢い良く車線に飛び込んで行った。
即死だった。
「アレ?小さなお子さんだったハズでは・・」
意識が戻ったと感じた男を覗き込む者がいた。妙に濃いようなそれでいて無機質な、表情のない不思議な顔だ。
「助かったか!いやスマン飛び出しちまって。子供があぶないと思ったんだ」
咄嗟に思った事は、ドライバーだと言う予想だった。自分を轢いて驚いて飛び出したんだろうと。
それは違った。しばらくして聴こえて来たのはサイレンだった。
だが、おかしな事に間近に近付きながら音が小さい。周囲に人だかりも出来ているが、声は遠い。
足元には自分が倒れていた。
「あの、あなたはたった今亡くなりました。ご理解出来ますか?」
男の前に立っていた不思議な人物は、そう告げた。
「はぁ?なにを・・あっ!」
理解はすぐに出来た、自分の身体が救急車に担ぎ込まれて行く。だが意識は置き去りだった。もう確認しなくても救命士の表情や動作からも分かる。アウトだな、と。あれはもう死体なのだ、自分の。
「あのぅ・・私、人間の世界では死神と呼ばれている者なんですが」
声に乗って申し訳なさそうな感情が伝わるが、無表情のまま彼はそう言った。
「そうか」
対する男はそれだけだ。
「あの世か、どうせ地獄かな?」
少し間を置いて、そう質問した。問いかけられた死神はそんな彼の諦めた顔を静かに見ていた、そして躊躇いがちに切り出した。
「えっとですね、それが・・実は私が連れて行くハズだったのはさっきのお子さんでして、私一瞬あの子と目を合わせてしまって・・で、こうなっちゃったあなたを今連れて行くと面倒な事になってしまいまして。」
男は嫌な予感がした。あの世は完全予約制なのか?まさかこのままここで地縛霊でもやっていろとでも言うのか?
霊感のある人間が通る度、事故を引き起こす悪霊呼ばわりなのか?と。
「ど、どうすんだよ?」
不安気な男に死神は、ゆっくり胸元からカードを出した。
「えー、こう言ったケースの場合ですね、特別に・・すいませんあの、お名前は?」
男はいまさら名を尋ねられた、どうやら彼がチラチラと確認している死亡者リストらしきにも載ってない様子だ。
「早川だ。」
そう聞くと死神は、取り出したペンの先に早川と名乗った男の死体があった場所から血をインクの様に浸け取って言った。
「これは簡単に説明しますと、コレにサインいただけたら、待ったが出来ます。あくまでも早川さんの任意ですが。」
事故現場で記録を取る警察関係者をまるで存在しない様に擦り抜けて、死神は早川の理解出来ない事柄を説明し始めた。
「待ったってなんだ?」
早川は聞かねばならないと思った、もちろんサインしなかった場合も。
「待った!と言う事は、やはりそのまま【戻る】と言う意味でして、署名と何月何日、あなたの人生の範囲でしたらいつからでもやり直していただけますよ」
早川は困った。少し考えたが、戻りたくないのだ。同じ事を繰り返すなんて御免だった。
「拒否したらどうなる?」
それはあまりオススメ出来ない処遇が待っているらしいのか、単に彼等が面倒なのかもう一枚なにか出して来た。
「早川さん!コレはですね、今の意識も記憶もそのままに出来る【据え置きカード】でして・・」
早川は少し呆れた。死が目前だったあの子には見えていた、この不気味な男が。だから竦んでしまったのだ。それで自分が死んだ事はどうやら彼等の過失で、処置が面倒だからやり直し。それが不服ならとオマケを追加して来たからだ。
「あ!でも一つだけ気を付けて下さいね、あなたが過去に転生した事が普通の人に知れたらあなたは消滅してしまいますからね。」
そんな言葉を聞きながら、早川は署名と行き先を書き込んだ。
1993年3月26日
早川雅由季
「あぶない!」
そう後頭部に母親らしき声が聞こえた時、男は小さな背中を追いかけていた。
その少しだけ向こう側には、車が忙しく行き交っていた。
「と、止まってくれ!」
男はすっかり重くなった自分の足を悔やみながら叫んだ、もう間に合わないと感じたからだ。
こんな時、人は不思議とたくさんの思考を一瞬でしてしまうものだ。走る男も例外ではない。
頭では見ず知らずの子供だと思えても、彼の胸には自分より価値がある命に感じた。そんな我が身を守ろうとも思えない人生だったのかもしれない。
彼は前のめりに飛ぶ事を考えた、車線に出る前に横に弾き飛ばす。それしか方法が無かった。多少痛いだろうが車にはねられるよりマシなハズだ。その反動で自分にもギリギリでブレーキがかかる。
そして飛び上がったその瞬間、その子供はバタリと倒れ、男は目標を失った分もあり一人で勢い良く車線に飛び込んで行った。
即死だった。
「アレ?小さなお子さんだったハズでは・・」
意識が戻ったと感じた男を覗き込む者がいた。妙に濃いようなそれでいて無機質な、表情のない不思議な顔だ。
「助かったか!いやスマン飛び出しちまって。子供があぶないと思ったんだ」
咄嗟に思った事は、ドライバーだと言う予想だった。自分を轢いて驚いて飛び出したんだろうと。
それは違った。しばらくして聴こえて来たのはサイレンだった。
だが、おかしな事に間近に近付きながら音が小さい。周囲に人だかりも出来ているが、声は遠い。
足元には自分が倒れていた。
「あの、あなたはたった今亡くなりました。ご理解出来ますか?」
男の前に立っていた不思議な人物は、そう告げた。
「はぁ?なにを・・あっ!」
理解はすぐに出来た、自分の身体が救急車に担ぎ込まれて行く。だが意識は置き去りだった。もう確認しなくても救命士の表情や動作からも分かる。アウトだな、と。あれはもう死体なのだ、自分の。
「あのぅ・・私、人間の世界では死神と呼ばれている者なんですが」
声に乗って申し訳なさそうな感情が伝わるが、無表情のまま彼はそう言った。
「そうか」
対する男はそれだけだ。
「あの世か、どうせ地獄かな?」
少し間を置いて、そう質問した。問いかけられた死神はそんな彼の諦めた顔を静かに見ていた、そして躊躇いがちに切り出した。
「えっとですね、それが・・実は私が連れて行くハズだったのはさっきのお子さんでして、私一瞬あの子と目を合わせてしまって・・で、こうなっちゃったあなたを今連れて行くと面倒な事になってしまいまして。」
男は嫌な予感がした。あの世は完全予約制なのか?まさかこのままここで地縛霊でもやっていろとでも言うのか?
霊感のある人間が通る度、事故を引き起こす悪霊呼ばわりなのか?と。
「ど、どうすんだよ?」
不安気な男に死神は、ゆっくり胸元からカードを出した。
「えー、こう言ったケースの場合ですね、特別に・・すいませんあの、お名前は?」
男はいまさら名を尋ねられた、どうやら彼がチラチラと確認している死亡者リストらしきにも載ってない様子だ。
「早川だ。」
そう聞くと死神は、取り出したペンの先に早川と名乗った男の死体があった場所から血をインクの様に浸け取って言った。
「これは簡単に説明しますと、コレにサインいただけたら、待ったが出来ます。あくまでも早川さんの任意ですが。」
事故現場で記録を取る警察関係者をまるで存在しない様に擦り抜けて、死神は早川の理解出来ない事柄を説明し始めた。
「待ったってなんだ?」
早川は聞かねばならないと思った、もちろんサインしなかった場合も。
「待った!と言う事は、やはりそのまま【戻る】と言う意味でして、署名と何月何日、あなたの人生の範囲でしたらいつからでもやり直していただけますよ」
早川は困った。少し考えたが、戻りたくないのだ。同じ事を繰り返すなんて御免だった。
「拒否したらどうなる?」
それはあまりオススメ出来ない処遇が待っているらしいのか、単に彼等が面倒なのかもう一枚なにか出して来た。
「早川さん!コレはですね、今の意識も記憶もそのままに出来る【据え置きカード】でして・・」
早川は少し呆れた。死が目前だったあの子には見えていた、この不気味な男が。だから竦んでしまったのだ。それで自分が死んだ事はどうやら彼等の過失で、処置が面倒だからやり直し。それが不服ならとオマケを追加して来たからだ。
「あ!でも一つだけ気を付けて下さいね、あなたが過去に転生した事が普通の人に知れたらあなたは消滅してしまいますからね。」
そんな言葉を聞きながら、早川は署名と行き先を書き込んだ。
1993年3月26日
早川雅由季