もう二度ともう一度
「早川の靴」
ある日の午後、前触れなく高見真知子宅に早川がやって来た。
「ど、どうしたの?」
彼女は驚きと嬉しさを隠せないでいる。そんな時はいつも無意識に言葉が柔らかくなってしまう。突然やって来た彼は近頃何が忙しいのかもわからないが、ここの所早川はゆとりが無い様に思えた。
成績も下方修正気味だ。その答えは彼が抱えた包みにあった。
「・・これは?あ、自分で作ったのか?」
それは一つは薄茶色いパンプスで、もう一つは深い緑、ビリジアンに染められた革靴だ。自分好みの色では無かったが、全体はシックでも少し可愛らしい装飾がさり気なくあしらわれている。
色のセレクトは、また早川の予想が外れた事を示している。
「履いてみてくれ、感想がほしい」
高見真知子はその豊かな胸に靴達を抱いて、本来の使い方をなかなかしてはくれないので、そう催促した。
「ちょっと待て、着替える。表で待ちなさい」
真っ白なロングスカートに淡いグリーンの薄手のカーディガンを着て、彼女は部屋から出て来た。
「少し歩かないとな、付き合ってくれるんだろう?」
途中、壊れたり靴ズレしたら担いで歩かなせると言っても、履き心地は軽快かつ快適であった。
ジャストフィットを初めて体験した様な気持ちに、高見真知子は早川に抱きついてしまった。
「凄い!凄いじゃないか、早川!」
バス停までの道、少し冷静さを取り戻して野々原あずさを思い出した。
その事に関して高見真知子から一言あった。
「もう既に用意してある、もちろん処女作だ。単にまだ一カ月以上誕生日が先だからな。お前で実戦テストをしただけだ。」
彼女がモルモットの様なモノだと、そう言われても今日は蹴りは飛ばなかったが肘が脇腹に鋭く突き立てられた。
思い付きで映画館へ向かって、興味を惹かれた作品のチケットを買う。
高見真知子がその世界に浸って感動して手を握り締めても、死体の様に早川は寝ている。
激痛に目覚めて、エンドロールを観てそこを後にする。
「でもお前、なんで靴を?」
コーヒーに砂糖が落ちて、かき混ぜらた後にクリームが渦を巻く。
その香りを嗅いで口にする前の高見の質問だった。
「いやぁ、それが大変でな・・」
靴を作り出して今まで、ありのままに話した。
「まあ、今の注文がこなせたらもう来ないだろ。そしたらちゃんと勉強するさ!」
早川はそう締めくくるが、高見真知子の聞きたかった事はそこでは無かった。
「いや、そうじゃなくてなんで靴にしようと思ったんだ?」
早川は少し神妙な面持ちだ。こんな事は真実を共有する高見真知子にしか言えないと言って、答えてくれた。
「なんて言うか、靴なんか使えば必ずダメになるだろ?俺と同じさ、その内に捨てられるか仕舞い込まれて忘れられる。形なんて残りゃしないんだ。でも、なんて言うかそれで少しだけ目的地へ、幸せへ歩いていてほしい。そう思ったんだ・・」
何言ってんだかな、と自嘲気味に早川は笑ったが、高見真知子には彼の考えている事はわかる。
「また作ってあげればいいのよ」
早川は返事をしない。
「作りなさい!」
彼は頼りなく笑っただけだった。自分を心底嬉しくさせたら、少し不快にする。またはその逆、早川はいつもそうだ。
ふうっと、彼女はため息を漏らした。この姿でやって来た当初の様な怒りはもう無いが、新たに燃料を早川が与えるのでその感情の制御は大変な労力だ。
でも、黙って彼女はコーヒーはご馳走してくれた。
「早川、靴をありがとうな。これから、私も協力してやる。おやすみ」
そう言うと、さっきまで下を向いていた高見真知子はいつもの様に背筋をピンとして、マンションへ向かって遠ざかって小さくなって行った。
「ど、どうしたの?」
彼女は驚きと嬉しさを隠せないでいる。そんな時はいつも無意識に言葉が柔らかくなってしまう。突然やって来た彼は近頃何が忙しいのかもわからないが、ここの所早川はゆとりが無い様に思えた。
成績も下方修正気味だ。その答えは彼が抱えた包みにあった。
「・・これは?あ、自分で作ったのか?」
それは一つは薄茶色いパンプスで、もう一つは深い緑、ビリジアンに染められた革靴だ。自分好みの色では無かったが、全体はシックでも少し可愛らしい装飾がさり気なくあしらわれている。
色のセレクトは、また早川の予想が外れた事を示している。
「履いてみてくれ、感想がほしい」
高見真知子はその豊かな胸に靴達を抱いて、本来の使い方をなかなかしてはくれないので、そう催促した。
「ちょっと待て、着替える。表で待ちなさい」
真っ白なロングスカートに淡いグリーンの薄手のカーディガンを着て、彼女は部屋から出て来た。
「少し歩かないとな、付き合ってくれるんだろう?」
途中、壊れたり靴ズレしたら担いで歩かなせると言っても、履き心地は軽快かつ快適であった。
ジャストフィットを初めて体験した様な気持ちに、高見真知子は早川に抱きついてしまった。
「凄い!凄いじゃないか、早川!」
バス停までの道、少し冷静さを取り戻して野々原あずさを思い出した。
その事に関して高見真知子から一言あった。
「もう既に用意してある、もちろん処女作だ。単にまだ一カ月以上誕生日が先だからな。お前で実戦テストをしただけだ。」
彼女がモルモットの様なモノだと、そう言われても今日は蹴りは飛ばなかったが肘が脇腹に鋭く突き立てられた。
思い付きで映画館へ向かって、興味を惹かれた作品のチケットを買う。
高見真知子がその世界に浸って感動して手を握り締めても、死体の様に早川は寝ている。
激痛に目覚めて、エンドロールを観てそこを後にする。
「でもお前、なんで靴を?」
コーヒーに砂糖が落ちて、かき混ぜらた後にクリームが渦を巻く。
その香りを嗅いで口にする前の高見の質問だった。
「いやぁ、それが大変でな・・」
靴を作り出して今まで、ありのままに話した。
「まあ、今の注文がこなせたらもう来ないだろ。そしたらちゃんと勉強するさ!」
早川はそう締めくくるが、高見真知子の聞きたかった事はそこでは無かった。
「いや、そうじゃなくてなんで靴にしようと思ったんだ?」
早川は少し神妙な面持ちだ。こんな事は真実を共有する高見真知子にしか言えないと言って、答えてくれた。
「なんて言うか、靴なんか使えば必ずダメになるだろ?俺と同じさ、その内に捨てられるか仕舞い込まれて忘れられる。形なんて残りゃしないんだ。でも、なんて言うかそれで少しだけ目的地へ、幸せへ歩いていてほしい。そう思ったんだ・・」
何言ってんだかな、と自嘲気味に早川は笑ったが、高見真知子には彼の考えている事はわかる。
「また作ってあげればいいのよ」
早川は返事をしない。
「作りなさい!」
彼は頼りなく笑っただけだった。自分を心底嬉しくさせたら、少し不快にする。またはその逆、早川はいつもそうだ。
ふうっと、彼女はため息を漏らした。この姿でやって来た当初の様な怒りはもう無いが、新たに燃料を早川が与えるのでその感情の制御は大変な労力だ。
でも、黙って彼女はコーヒーはご馳走してくれた。
「早川、靴をありがとうな。これから、私も協力してやる。おやすみ」
そう言うと、さっきまで下を向いていた高見真知子はいつもの様に背筋をピンとして、マンションへ向かって遠ざかって小さくなって行った。