お仕えしてもいいですか?
桜輔の人生はどちらかといえば、順風満帆であった。
生まれつき類稀なる才覚に恵まれた桜輔は、幼少期から勉強、スポーツ、習い事などで自分の力を遺憾なく発揮してきた。それは青年となった今でも変わらず、任された仕事では必ずと言っていい程成果を発揮している。
家族、友人にも恵まれ、何の憂いもない生活。
他人が羨むような人生を歩む一方で、桜輔は自分の人生にどこか空虚なものを感じていた。
(つまらない……)
桜輔の人生はひどく退屈だった。
彼の人生には成功が約束されている代わりに、大いなる悲劇もなければ、歓喜もなかった。このまま当たり障りのない人生を送るのかと思っていた時、近所の公園である老人に出会った。
「人生がつまらないと思うのなら、真《まこと》の主人を見つけなさい」
そう言うとさる屋敷で執事をしていたという白髪の老人は、頼んでもいないのに桜輔に執事のイロハを教えてくれた。
茶葉の選び方、食器の磨き方といった実用的なものから、主人と上手くやっていくコツに、執事としてこうあるべきという精神論までそれは多岐にわたった。
桜輔にはまったく訳が分からなかった。無味乾燥な人生を打開するための術が、なぜ主人を見つけることに繋がるのか。
「こんなことは無意味です」
「いずれ分かる時がくるさ」
一方的に始まった教育にたまりかねて文句をつけると、老人は決まってそう言って桜輔を宥めた。
桜輔はそのたびに通りすがりの老人に人生相談した自分がバカだったのだと猛省した。
老人のお節介を無下にも出来ず、桜輔はただただ老人の言う通りに執事としての技術を習得していった。
今にして思えば、あの老人は桜輔に執事として働く才能があることを見抜いていたのだろう。
執事としての英才教育がすべて終わるころには、桜輔は教えてもらった技術を実践したくてたまらなくなっていた。