お仕えしてもいいですか?
「お風呂の支度は出来てる?」
「もちろんです」
「じゃあ、先に入ろうかしら」
そう言ってドレスルームに入ると、犬飼は木綿子の背後に回り、羽織っていたジャケットを脱がせる。そして、ネックレス、ピアス、腕時計を次々と外していく。身に着けていたアクセサリーを外すのは犬飼の役目である。木綿子は指一本動かすことはない。
「本日の入浴剤はラベンダーでございます」
アクセサリーをケースに丁寧にしまうと犬飼が恭しく頭を下げた。
「下がっていいわ」
「何かございましたらお申し付けください」
ドレスルームにはいつでも犬飼を呼び出せるように小さなベルが置かれている。あいにく、木綿子はまだ一度も使ったことがない。
扉が閉まり犬飼の姿が見えなくなると、木綿子は壁にもたれかかり、ホッと安堵のため息をついた。
(はあ……。緊張した……)
マンションに入る瞬間がいつも一番緊張する。
自分は果たして犬飼の望むような“お嬢様”になりきれているのだろうか。
もう少し声は高い方がそれらしく見えただろうか。もっと尊大な態度の方が彼の好みかもしれない。ああすればよかった。こうすればよかったと反省するのはいつものこと。
どれだけ不安に思ってもこればっかりは誰にも相談できずに木綿子を悩ませ続ける。
……犬飼には木綿子にしか知らない秘密がある。
会社では頼れる上司の犬飼は家では木綿子に忠実な――執事になるのだ。