僕が君を喰らう前に。

嗚咽の溢れる獣

どちらかといえば父よりだった僕なのに、初めてソレが喉を通らなかった。

誰が僕の激しい動悸を止めてはくれないかと願う。

僕のために、定期的に一定量をパックに入れて冷凍されて送られてくるソレ。

生まれてこの方、抵抗なんてなかったはずだった。

けれど、あの瞬間が頭をよぎって、喉に何か大きなものがつっかえた。

僕の人間的な部分とそうでない部分が競り合っていて、気持ち悪い、吐きそうだ。

罪悪感で足もすくむ。

嗚咽しか溢れない口からやっと漏れるのは、今もなおこの一言のみ。

「喰べたい」

違う違う違うんだ。

僕はそんなことがしたいんじゃない。

そんな人間じゃかったはずだ。

僕は誰に弁明するわけでもなく、否定の言葉を並べた。

『でも、ナニをしようとした?』

簡単には答えが出なくて、暗い部屋の中で自問自答を繰り返す。

答えらしきものがないわけではない。

けど認めたくない。

無意識のうちに遠避けようとしている。

今日の今日まで、なんとなくは分かっていても、僕は他の人間と変わりないと安心しきっていた。

実際、ソレも父に言われて義務的に喰べていただけで、健康でいたい人間がプロテインを毎朝飲む感覚と同じだった。

でも、あの時は違う。

理性という理性が揺さぶられて、喰べることしか頭に無かった。

まるで、餌を目の前にした野生の獣のように。

……ああそうだ、獣だ。

避けていたはずのその言葉が、すとんと府に落ちて思考が嘘のように鮮明になる。

漠然と普通の人間でありたいと願っていたことに気がついたけど、今更どうしようもない。

僕はもともと人間ですらないのだ。
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