冷徹御曹司は初心な令嬢を政略結婚に堕とす

『うちの商品は、全てが手作業の製品もあれば、機械を併用して生産しているものもある。だが、機械を扱うのも職人たちだ。丹念に作り上げられた自慢の衣服を、お客様には直接手に取って見てもらいたい』

画面越しの写真では、職人ひとりひとりの心はわからん。

鶴山さんはいつもそう言っては、茶目っ気たっぷりに『私の気持ちがわかるかい？　宗鷹』と続ける好々爺だった。

だがその決まり文句の最後に、『とは言え時代の波には逆らえんな』と呟いて彼が難しい顔をするようになったのは、一体いつからだっただろうか。

血の繋がった祖父母や父よりも、よほど肉親と呼べる恩人を脳裏に描きながら、「すう、すう」と小さな寝息を立て始めた澪を、優しく腕の中に閉じ込める。

菊永宗鷹の恩人である櫻衣鶴山との邂逅は、五歳の頃に母を亡くした過去に起因している。
それは遡ること約二十五年前。冷え切った菊永家の家庭環境が意図せずもたらした、ひとすじの希望でもあった――。



『心を通わせて、愛を育んで、ふたりが願ったから……宗鷹が生まれたのよ』

屋敷で最も中庭が美しく見渡せる部屋で、ベッドに横たわった母は俺の頬を慈しむように撫でる。