返シテクダサイ《都市伝説》
羽山は大きく息をついて、不愉快そうに唇を尖らせた。
「鏡」
「なーんだ、自分の顔見て驚いてたの?」
「これがサチコってヤツが現れるっていう鏡か?」
「どうだろう?」
四方八方に大きく亀裂の入った鏡をみて、俺と晴彦は言葉を交わす。
そんな会話を、羽山は耳にすると咄嗟に携帯を開いて時刻の確認をする。
十時を少し過ぎた時間を指しているその時計を見て、羽山はホッと胸を撫で下ろした。
羽山を一瞥しながら額縁はシルバーの何の飾りもないシンプルな作りの姿見の鏡をなんとなしに眺めていた。
「酷い割れようだな」
「ねー、肝試ししに来た人かな?」
言いながら、晴彦はカメラで鏡を撮影すると先を促し、羽山を先頭に立たせた。
残り半分の階段を上りきって二階へとやってきたと俺たちは左に曲がると一定の間隔で設置されている病室を一つ一つ開けて中を眺めていった。
病室は布団が今もそのままに放置されていて、虫に食われたのか、元々なのかはわからないが、ボロボロになっていた。
シーツは裂け、敷布団は中の綿が裂け目から吐き出されていて、白かったはずの綿が黄色く、そしてどこか黒く、汚れていた。
病室内にはそのベッドと小さな棚が一つ置いてあるくらいで他には何もなかった。ただあったとすれば、窓の格子。
「病院って普通格子あったっけ?」
「ねぇよ、普通」
「え、じゃあなんで付いてんだよ?」
「………」
俺たちはそのまま押し黙った。
晴彦の話を信じるとするならば隔離された人間が脱走しないように付けられた以外に考えられない。
「晴彦のおばあさんの話、近いのかもな」
「え、マジかよ…」
羽山の声が、持っている懐中電灯の光が少し震える。
俺は小さく溜息を漏らすと、「行くぞ」と一言述べると、これ以上は先陣を切れないだろう羽山の代わりのほかの病室も見学して回った。