クールな騎士はウブな愛妻に甘い初夜を所望する
 その離宮の塔の王女の部屋 に、声が響きわたる。
「レティシア様、王女殿下がそのような、はしたないですよ」
 侍女のクロエから注意され、バルコニーから身を乗り出していたレティシアは、渋々といったふうに身を引いて、部屋の中へ戻っていく。そして彼女は猫脚が自慢の深紅色のソファに腰をおろした。彼女のために用意された調度品、ドローイングチェア、チェスト、コート掛け、見慣れた部屋を眺め、レティシアはため息をつく。
「つまらないんだもの。部屋に閉じこもってばかりでは。離宮をうろうろしても会う人は決まっているし」
 と、レティシアはソファの肘当てに寄りかかりった。
「お昼からずっとその調子ですが、また、ランベール様を待っておられるのですか」
 紅茶を淹れながら、呆れたようにクロエが言うので、レティシアは拗ねた目で抗議する。
「バルコニーからなら、騎士の帰りが見えるでしょう? けれど、最近、なかなか見えなくなってしまったのよ」
 紅茶を注がれてティーカップの中に湯気がたちのぼるのを眺めながら、レティシアは騎士の帰城の様子を思い浮かべた。
 彼女の言い分はこうだ。
 離宮の塔は騎士団が宮殿に出入りする隣の塔に近く、レティシアの部屋からは運がよければ騎士団の往来や厩(うまや) での様子なども見えるようになっている。
 ところが、人の背丈の倍以上ある庭園の薔薇が蔓を伸ばしていたため、ここからの視界をちょうど遮ってしまっていたのだった。それでなんとか見えないかとバルコニーから身を乗り出していたというわけだ。
「これから見頃を迎えますし、お休みの日には庭師が手入れをするということでしたよ。それに、そんなふうにしなくたって、いつも一緒におられるではないですか」
 クロエはレティシアを諌めるが、レティシアにも譲れない部分があるのだ。
「いつもというけれど、ずっと護衛についているわけではないもの。それに……たまに、私と一緒の時ではない顔を見てみたいと思うのよ」
 紅茶を一口飲んで、表面に自分の顔が映るのを見ながら、レティシアはこれと同じ瞳の色をした騎士のことを思い浮かべる。
 好きな人のことならどんなことでも知りたいと思うのが、乙女心だ。ランベールの凛々しい眼差しが、レティシアは好きなのだが、特に好きなのは彼の涼しげな横顔だった。彼の端正な顔立ちがよりいっそう魅力的に映る角度なのだ。
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