加藤君に話がある高城さん
13

2日目。
海水浴。

翌日の朝は、宿舎前に集合。
クラスごとに海まで15分ぐらい山道を歩くと聞いている。

昨日⋯⋯ あの時ちょうど周りにクラスメイトが通りかかり、加藤くんと話せなくなったまま、それぞれの宿舎に戻った。

ずっと朝まで考えていた。
ぐるぐる悩んだ。

《カノジョにならない?》って、加藤くんに言われたのに《なんだ、迷惑だった?》って言わせた。
あんなに嬉しい瞬間に、知りたかった彼の気持ちが分かった瞬間に、私もとすぐ言えなかった自分が嫌だった。
やはり私は傷の事をまず話さないといけないと思ってる。彼に誠実にいて、こんな私なんだと言わなきゃいけない。それでも好きだってちゃんと言いたい。

考えながら部屋で節度のありすぎる『水着』に着替えたら、一緒の部屋の子が
「えっ?」
と言った。
「えっ?」
と私も言った。
傷が見えないように、と思っただけなんだけど、そんな変かな⋯⋯ 。
部屋の子たちを見たら確かに同じ行先と思えないぐらい私と雰囲気が全然違っていた。
プリントや先生の注意なんて全く関係なかったみたい⋯⋯ 。
皆、思いっきりビキニみたいな水着に、それをしっかり見せながら、一応はおるラッシュガードと、足はギリギリの短パンやスカート。
色とりどり。
綺麗な肌の腕や足。
それに合わせて髪型やお化粧もバッチリ。気合を入れてかなり派手な可愛い感じだった。

集合場所に行くとホームルームでルミが騒いでいたからか、他のクラスより私達のクラスの女子は派手な感じだった。
かなり露出も大胆で驚いた。
華やかな声を上げ、男子にわざと見せたりしている。
特にルミはすごく気合が入っていている。ルミの周囲は華やかだった。
男子達は綺麗にしている女子に、なんとなく視線を向け楽しげに話をしている。

私と私に合わせてくれた真名だけだった。私が真名に頼んで、事前に同じような物を買いに行った。
真名に申し訳なかったと思った。

「ごめん、なんかみんな、すごい⋯⋯ 」

と呟いたら、

「気にしないの!」

と励まされた。

でも正直、皆が皆こんなカッコだとは思わなかった。このままあの華やかな集団の所に行くしかない。私達だけ変だと分かっていても。

クラスの列に行ったら、一様に驚かれた。
話し声がやむぐらいだった。
1人の男子が、

「すごい⋯⋯ 、何っていうか重装備だね⋯⋯ 」

と残念そうに言った。

私は上から下まで、真っ黒のラッシュガードを着ていた。全身肌が出ている場所は顔と手ぐらい。傷を隠したかっただけだった。目立たないように気をつけたのに、逆にすごく目立ってしまった⋯⋯ 。
このあと海までの道はクラスで移動して、浜に着いたら自由行動だけど⋯⋯ 。

私は無意識に加藤くんを目で探した。
彼は少し離れたところで、こちらを見ていた。
目が合った瞬間、彼は不機嫌に目を逸らした。
私は口を薄く開けて、いっぱいになってた気持ちを震えながらフッと出した。
こんなふうに、目を晒されるとは思わなかった。
『オレのために着て』って言ってくれてたのに。
『カノジョにならない?』って言われたのに。
〈どうしよう⋯⋯ 〉と、心がギューっと固くなるようだった。

私のこの格好、ルミみたいに彼のために綺麗にしなかった、彼を拒否した形になって傷つけた。怒らせた。なんだ迷惑だったって思わせて。
気持ちを伝えないまま、水着を着れない私は私の本当の気持ちと逆の答えを表してしまっている。

彼に話さないと、早く、今すぐ、全部話さないと⋯⋯ と焦って心が冷たくなっていくようだった。

でも加藤くんは向こうにいる。
私はすくんだみたいに動けない。
移動が始まる。
宿舎から海まで少しぬかるんだ山道に入る。
加藤くんはルミや他の子達と先に歩き始めてしまった。
後ろ姿が行ってしまう。
話したいのに。
隣にいた真名が「どうしちゃった?」と声をかけて私に寄り添ってくれる。
上地くんも私と真名と一緒に歩き始めた。
足場が悪くて⋯⋯ なんか親切にしてくれてた加藤くんを思い出す。
いつも『大丈夫?』ってすぐに隣に来てくれて心配してくれてたのに。

歩きにくい山道で、彼がさっさと行ってしまった。大丈夫って聞いてくれるかもと期待してしまう自分が、どれだけ彼の言葉を、私だけに向けられる笑顔を待っていたのか思い知らされた。彼を期待してこんなにも弱くなって、彼に頼っていた自分が情けなかった。
泣きそうだな、と思った。
足より気持ちが痛い。
どうしよう、とか、どうして、とか頭をよぎる。

木と植え込みが唐突に終わり細い出口のようになったところを抜けたら、急に目の前が開け、ぱーっと海岸が広がっていた。
上地くんが初めに浜に出た。
私は足元の道が砂になるので転ばないよう気をつけて下を見て歩いていたら、ちょうど浜に出てすぐ左手のちょっと曲がったところにクラスの人が集まっていた。
私達が着いたのが植え込みで向こうからは見えていないみたいだった。

ルミの甲高い大きな声が耳に聞こえてきた。

「だからさ、2人、あのカッコはないってぇー」

数人が笑う声がした。(私の事だ)とすぐ思った。

「見てるだけで暑苦しいってー。非常識だよ。女子ならかわいいカッコぐらいしろっての」

周りの子たちも同意している。笑い声がする。

「ほら、あたし見てー」

かわいいー、とか、私はこんなんだよー、とか華やかなテンションの高い声。

「加藤、嫌がられてるんじゃん?気の毒すぎだよー、あたしらと、まわろうよ」

「そうだね」

と加藤くんが答えた。
『そうだね』って。

彼が言った瞬間、ルミが真後ろにいる私達に気がついた。
ルミが黙った。
加藤くんが振り返って私達に気がついた。
私は加藤くんの目が見れなかった。
ルミは加藤くんの腕に触れている⋯⋯ 。

可愛くて派手な水着にくるくるの髪。
二の腕が彼に触れてる。
水着の上から短い短パンを履いているルミの綺麗な足が、加藤くんのすぐそばに立ってる。
明るい色の上着も脱いで、際どい小さいトップス以外の肌が全部出てる。
肩も腕もお腹も足も。

ルミの綺麗な肌。
私は足が痛かった。
ルミと正反対に真っ黒な布に全身覆われた体が情けなかった。
加藤くんの不機嫌な顔が離れなくて、晒された目が、心が傷ついて涙が溢れた。
我慢しても『そうだね』って声が何度も耳に聞こえて、俯いてボタボタと涙が足元に落ちた。
足首まで覆われたラッシュガードの真っ黒な足と、手首からだけ出てる私の腕が見える。

真名が私の肩をポンポンと優しくたたいた。真っ直ぐ前を見て、皆に大きな声で言った。

「なんなの、男子たちその水着。ないってー。長いトランクスばっかじゃん。暑苦しいなー」

ルミが私達に向けて言った事だ。同意した男子達は、ちょっと居心地悪そうだった。

「男なら、攻めたかっこしてきてっつーの。私達かわいそすぎ、嫌がらせされてんのかな?」

「はっ!俺にまかせろ!」

と、周囲の雰囲気を切るような明るい大声がした。
上地くんが笑いながら長めのトランクスを堂々と脱いだ。
中はヒョウ柄のボクサーだった。

「これでどう?真名、俺とまわるか?」

と真名に大きな声で聞く。
真名は目を開いて真っ赤になりながらも、

「合格!」

と明るく言って笑った。
上地くんがこちらに歩いてくる。そのまま真名が私の肩に手を回して、クラスのみんなに背を向けて反対側に歩き出した。

私は俯いて泣いたままだった。
私は真名に、

「ごめんね」

と言ってから、上地くんに、ありがとうとお礼を言った。

「私がこんな格好に、真名をつきあわせたんだ。私は着れないけど、真名はホントはすっごい水着、着るんだよ」

と言ったら、上地くんは、

「へー、楽しみだ。でも今日はこれでよかった。そんなすごいの、他のヤツに見せたくないからな」

と言ってから、真名にだけ、

「今度2人で海行かね?そん時は、一緒にすっごいの着て行こうぜ」

と言った。
声の調子は明るいままだったが、意外にもすごく真面目な顔をしていた。決してふざけて言ってるんじゃないって伝わってきた。真名も正面から悠太くんの視線をちゃんと受けて、でも自信のない小さい声で、

「本気で言ってる?」

と聞いた。

「こんな本気で誘った事ないかもしんない。超マジ。オレは真名と行きたい」

上地くんて真名の事好きなんだと思った。
真名も真っ赤になって、言葉も出ないみたいだけど、こうやって想いが通じる瞬間を真横で見て、よかったと思って同時にすごく羨ましかった。続きは2人でちゃんと話してほしい。

上地くんの後ろ側に、学校の先生が設置した救護用テントが見えた。

「真名、わたし、ちょっと休んでくるね」

とテントを指差した。上地くんが、

「俺ら、この辺の⋯⋯ そうだな、テントからまっすぐのこの辺りにいるからな。出てきても1人になるなよ」

と言ったすぐに、「あっ」と言った。

「俺が一緒にいる」

後ろに加藤くんが立っていた。
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