加藤君に話がある高城さん
14

休憩テントに入ったら、若い女の先生がパイプ椅子に座っていた。
体調が悪いから、しばらく休憩させてほしい、と加藤くんが説明してくれていたら、途中で先生の携帯がなった。

「はい⋯⋯ はい、すぐ行きます」

先生が電話を切って、慌てて言った。

「怪我した生徒がいるみたい!ちょっと行ってきますね。あなたは大丈夫かしら?」

と、荷物を纏めながら聞いた。
加藤くんが、

「俺がついているので、大丈夫です。しばらく休ませます」

と言ったので、先生はよろしくね、と言って慌てて出て行った。

2人になる。
加藤くんが、パイプ椅子に私を座らせた。

ぐすぐす

涙が止まらず、メソメソ馬鹿みたいに泣いているのは私だ。

ここに来る前、加藤くんが後ろに立っていて、上地くんが「じゃ、安心だね」と言って、私は「1人でいい」ってもそもそ言ったけど誰も聞いてなくて、結局加藤くんがついてきてくれた。

でも泣けてくるのは加藤くんのせいで、その原因の本人が側にいたら、もう余計ひどく気持ちが苦しくなる。

そうだね、って言ったのに、ルミと仲良く私を笑ってたのに⋯⋯ 。

でも今みたいに来てくれなかったら、1人でもっともっと辛かっただろう。俯いてまだ泣いてたら、私の前に立っている加藤くんが頭の上の方から、

「なんで泣いてるの?」

と聞いた。

「さっきの、田中の発言のせい?」

って優しく聞かれたら馬鹿みたいに思えた。あんなルミがいかにも言いそうなこと、そんなんでどうかしたりしないよ。

首を振った。
余計泣けた。

加藤くんは私の前にしゃがみ込んで、

「じゃぁ、どうした?」

と真剣に言った。
顔が真前にあるのが俯いててもわかった。声が近くて息や体温を感じるぐらいの距離に緊張した。優しく聞くぐらいなら、それこそなんで⋯⋯ 。

「そうだねって言った」
「えっ⋯⋯ ?」
「加藤くんが、ルミの言ったことにそうだねって言った」
「⋯⋯ 」

溢れると思った。気持ちが口から。

「私の水着を見て、不機嫌になった。楽しみにしてるなんて言ってて、先に行っちゃった。ルミと仲良く腕組んでた。ルミの言ってることに、そうだねって笑ったうっうっ⋯⋯ 」

もう、ぐちゃぐちゃの顔だったし、気持ちもぐしゃぐしゃ、自分で言って自分で泣いて、ルミと寄り添う加藤くんの姿がチラついて嫌だった。

「私、話さなきゃいけない事がある⋯⋯ 私⋯⋯ 水着が着れない」

事故の傷跡で、ルミや他の女の子みたいな水着や洋服は無理なんだ。
あんな風に、ルミみたいに彼の隣に立てない。
傷だらけで。

「加藤くんが水着着て欲しくても私は着れないから。私⋯⋯ 付き合ってって言ってもらったのに、私の体⋯⋯ 水着も着れないから⋯⋯ 」

加藤くんは静かに言った。

「もしかして、足以外も傷が残ってんの?」

それから、そっと私の足首に触れた。
加藤くんの指先が、ラッシュガードを少しめくって、傷痕を探すようにくるぶしのあたりを撫でた。
傷跡がデコボコと彼の指先にあたったんだと思う。
私は撫でられて、足がピクッと反応して、思わず加藤くんを見た。

「俺、拒否られたんだと思った。俺には何も見せたくない、特別な人じゃないからって、言ってんのかって。」

醜い傷跡が優しく撫でられる。

「誰か他にトクベツなヤツがいるのかもって考えたんだ。昨日ペアのキーホルダー買ってたし、かーっと頭にきて、普通に出来なくて」
「そんな人、いるわけないよ⋯⋯ 」
「あの時、」
「えっ?」
「トクベツな相手がいるのかって聞いた時、黙って考えてるみたいだったし、」
「か、加藤くんを思い浮かべてた⋯⋯ 」

と私は言った。

「トクベツな人って加藤くんしか思い浮かばないって考えてたから⋯⋯ 」

加藤くんは、瞬間息をのんだ。
なんとも言えない表情をした。
初めて知った彼の表情、私が、私の言葉でそうなった彼の顔⋯⋯ 。

別の涙があふれる。
加藤くんのトクベツな人⋯⋯ 。
彼がどんな風に接するのか、ってずっと考えていた。今、目の前の加藤くんはその彼なんだろうか。

「私は、加藤くんのことしか考えてないし、加藤くんが好き。カノジョになりたいって思ってたのに、水着が切れないような体を言わなきゃいけないって、」
「別におれ、水着に興味ないよ。そうだねって言ったのは、高城さんに嫌がられているんじゃないか、ってとこだ。水着なんて本当はどうでもいい」

加藤くんがちゃんと話してくれてる。私に伝わるように。私だけに彼の気持ちが分かるように。私は涙が止まらないまま、真っ直ぐ彼を見て真剣に聞いた。ちゃんと、分かりたかった。

「高城さんに興味があるんだ。今まで言ってた事、全部本気だよ」
「⋯⋯ 」
「俺だけが一方的な気持ちなんじゃないかとずっと怖かった」

加藤くんは、左手の親指でくるぶしの傷を撫でたまま右手で私の頬にふれた。

「俺を彼氏にして、特別な俺だけに全部見せてほしい。傷跡も心も、全部⋯⋯ 」
「傷、綺麗じゃないよ、気持ち悪いかも、そんな傷だらけなのに⋯⋯ いいの?」
「俺しか知らない箇所なんて、悪いけど興奮する。他の誰にも見せないで」

そう言って加藤くんは、私の足を少し持ち上げて、くるぶしの傷痕に唇をつけた。

「こうやって、体中の傷跡も全部俺だけしか知らない⋯⋯ 」

加藤くんは足首を持ったまま、私の足を下ろして、跪いたまま私の顔を下から至近距離で見上げた。
真っ直ぐに私を見た。

「好きだよ」

とはっきり言われた。
彼の声が、言葉が、心にじわじわと染みる。
好きだよ、って。

私も。
好き。
下から柔らかく彼の唇が触れた、優しく。
私は目を瞑った。
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