ボーダーライン。Neo【中】
世界中の誰よりもあたしが大切で、時と場合によっては音楽の夢さえ諦めて貰えるぐらい、あたしは檜に愛されたかった。
海に似たしょっぱい味が広がり、目の端から大粒の涙が溢れ落ちる。
あたしは俯き、声も出さずに泣いていた。
暫しの沈黙が流れ、美波が「ごめん」と呟いた。
「ごめんね。ちょっと言い過ぎた」
そのままの姿勢でううん、と頭《かぶり》を振る。
美波は空いた食器を下げようとすくっと立ち上がる。
「てか。なんか白けちゃったし、今日はもう帰るわ」
「え」
シンクに置いた食器の音と美波のお開きの言葉で、あたしはようやく顔を上げた。
「車は明日、タクシーで取りに来るから」
そう言って美波はゴソゴソと帰り支度を始める。
開けた缶もひとつシンクへ運び、サチもさ、と言葉をついだ。
「そういう理由じゃなきゃ禁酒するのは良いと思うけど。
そんな打算的な考えは捨てなよ?」
美波の言葉に、依然眉間を歪めたままで、頷く事すら出来なかった。
じゃ、と短く言い残すと、彼女はそのまま部屋を出て行く。
ひとり残された部屋で、テーブルに置いたウーロン茶のグラスを前に、あたしは暫くその場を動けなかった。