ボーダーライン。Neo【中】
/現在
◇ ♂
頻りに枝移りをし、遊ぶようにさえずるウグイスの声が、ふと日常に溶け込んだ春の朝。
僕は三つ折りケースに繋がれた鍵を、時計回りに回し、部屋を施錠した。
カチャリと音をたて、扉は静かに閉ざされる。
先日、マンションの鍵を新しい物と取り替えた。
次に幸子と会うのは、内田と奈々の結婚式がある五月二十日だ。まだひと月半ほど日数はあるが、もう返して貰うのを諦めたとか、そういう理由から鍵を取り替えた訳ではない。
会う為の口実をいつまでも手にし、つい連絡の機会を窺ってしまう弱い自分を捨て去るためだ。
だから鍵を心待ちにするのはもう止めにした。
彼女に渡したあのスペアがきちんとこの手に戻った時、僕の永き恋が終わりを迎える。
最後の日を、僕は一体どんな気持ちで迎えるのだろう。
想像に難く、しんみりとした気持ちで口元に笑みを浮かべた。
頭に占める幸子の割合が大きすぎて、きっと何かで埋めなければ寂しさに飲み込まれてしまう。
トレンチコートのポケットにキーケースを滑り込ませると、僕は仕事に向かうべく踵を返した。