ボーダーライン。Neo【中】

「……きゃっ!?」

 ーーえ、

 僕は前方を見上げ、息を呑んだ。

 階段で足を踏み外したせいか、不意に笹峰さんが体勢を崩し、前のめりに倒れ込んでくる。

 僕は咄嗟に手を伸ばし、彼女を抱きとめた。

「……だ。大丈夫ですか?」

「はい」

 フワッと舞い上がるオーデコロンの香りと女性特有の柔らかさに、一瞬、男の血が騒ぐのだが。

 ふと夜のしじまに、クシャッと紙を丸める様な、あの小気味よい音が響いた気がして、すぐさま冷静になる。

 彼女の肩に両手を置き、距離をとった。周りを注意深く観察する。

「どうかしましたか?」

 首を傾げる笹峰さんに、いえ、と短く答える。

 それらしい影はどこにも見当たらず、勘違いかと首を捻った。

「Hinokiさんは覚えていないかもしれないけれど。前にもこんな事が有ったんです」

「え?」

 笹峰さんに忘れ物のハンカチを返すと、彼女は俯きがちに、真剣な口調になった。

「テレビ局内の階段で、転びそうになった私を。抱き留めてくれました」

 いつの話か思い出せないが、彼女が嘘を吐く理由も無い。

 笹峰さんは熱っぽく潤んだ瞳で、僕を見上げた。

「私は。彼女候補にはなれませんか?」

「……っ!」

 直球過ぎる台詞に、ドキンと鼓動が打った。

 普段仕事をしている時の表情とは明らかに違う。
< 58 / 284 >

この作品をシェア

pagetop