ボーダーライン。Neo【中】
五年前の八月。
檜が初のワンマンライブを成功させた、二日目の夜だった。
階段を踏み外した美波を、檜は咄嗟に支え、あたしはその現場を目撃してしまった。
「好きだった」
美波は何の躊躇いもなく言い、微笑んだ。
「でもね。それはサチを好きでいるあの子の一途さにグッときた程度だよ?
その証拠に、サチとあの子が別れたって聞いた時は……本当にショックだった」
「そう……」
どんな反応をとって良いか分からず、あたしは僅かに眉根を寄せ、少なくなった紅茶を見つめた。
「だけどもう過去だよ」
そう口にするだけで、心はじっとりと湿っていく。
郷愁にも似た想いで寂しくなる。
今この瞬間に、あの頃のあたしへ憑依出来るなら、きっと檜との交際にもっと注意を払うはずだ。
何でもいい、理由をつけて、とにかく赴任先の高校を変えて貰う。
転任できるよう、異動願いを出すだろう。
学校が離れてしまえば、バレるリスクも弱まるからだ。
どこか気まずい空気があたし達を包むが、突如、美波の携帯に電話が入った事で、その静寂は破られた。
ちょっとごめん、と言って彼女は電話を繋ぎ、あたしはその口振りから仕事のそれだと察した。
ふと腕時計に目を落とすと、そろそろ夕御飯を作る時間に差し掛かっていた。