イジメのカミサマ
彼女の丸い瞳に一瞬、赤い光が灯る。

ゾッと背筋に悪寒が走る。私は必死に話題を逸らしたくて質問を返した。

「ねえ、志乃にとってあのキーホルダーはそんなに大切なものなの?」

「うん! もちろん!」

「どうしてそこまで大切なの? 私は形見とか持ってないから、よく分からなくて」



すると、志乃は俯いて珍しく寂しげな声で答える。

「シノはね……元の世界でイジメられてたんだ」

「え? 志乃は記憶があるの?」

「うん、断片的にだけど。私ってほら、こんな性格だから凄くイジメやすかったんだと思う。色んな嫌がらせをされたなあ。教室に閉じ込められたり、大切な物を隠されたり、暴力を振るわれたり」



教室に閉じ込められたり……大切な物を隠されたり……

思わず足を止めた私の動揺に気付いた様子もなく、志乃は続ける。

「だけどね、あのお母さんの形見のクマさんだけは失いたくなかった。だからずっとこの手で持っていたの。何があっても離さなければ、誰にも奪われないでしょ?」

「志乃」



私は屈んで目線を合わせると、彼女の頬に両手を添えた。

「だったら……どうしてさっき手放したりしたの?」



志乃は答えなかった。

ただ答えることなく静かに笑って……でもその大きな瞳からは、一筋の涙が流れて私の手を伝う。

涙に触れた瞬間、私の脳裏が弾けてまたしても白い記憶がフラッシュバックする。

それは私がまだ、ありのままの私だった頃の記憶。

あの頃の私ならきっと、誰かの涙を見て平気でいることなんて出来なかった。



「――ここで待ってて」



私は志乃から手を放すと、林の中を駆けだした。

早く暦に追いつかないと手遅れになる。そうなる前に――

ようやく前方に人影を見つけて、私は息を切らしながら立ち止まった。あのキーホルダーが投げ出された窓からあまり離れていない茂みだ。

そこで暦は一人で立っていた。キーホルダーは持っていないけど、その両手は土で汚れていた。



「か、加奈⁉ 急に現れないでよ、びっくりするじゃない」
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