イジメのカミサマ
「ふざけんなッ! 今更何正義面してんのよ!」



暦は起き上がり、今度は私の首を掴んで乱暴に揺さぶった。

「だったらアンタが知らないことを教えてあげる! この世界で後継者を出せなかったカミサマはね、死んだ後に力を失ってそのまま地獄へ行くのよ! 地獄へ行った者はそこで悪魔になって、無数の並行世界でこき使われるの。あの東雲志乃の様にね!」

「そう……志乃はやっぱり悪魔だったんだ。前世であんなにイジメられて、今は悪魔だなんて……」

「ええ、あの子のことも本に書いてあったわ。彼女は大切にしていたクマのキーホルダーを壊した相手に復讐して『イジメのカミサマ』になった。だけど今は悪魔ってことはきっと、継承の儀式で最後の最後に相手を殺せなかったのよ! 今アンタがしようとしているように!」

「…………」

「アンタもこのまま死んだら、志乃の様に永遠に並行世界で彷徨うのよ⁉ それでもいいの⁉」



確かに志乃はとても可哀そうな子だった。前世の記憶を持ったまま自分の役割に束縛されていた。あの中庭で彼女が流した涙の感触を私は忘れていない。

「でも、ここで私を殺して役目を終えればアンタはその功績として天国へ行ける。散々人を苦しめておいて天国へ行けるなんて、こんなに虫の良い取引は無いでしょ!」



その目を見る限り、暦が言っていることはウソではないみたいだった。それでも私は首を横に振る。

「ダメだよ。それでもこれ以上イジメは伝染させない。例え悪魔に身を墜としても」

「バカなことを言わないで!」



その時、激しい悪寒と共に私は大量の血を吐き出した。鼓動が早くなり、呼吸がどんどん荒くなっていく。

丁度その時、天空に浮かんでいた時計からジリリリリンッ、とベルが鳴り始めた。

力を失った私は暦から離れ、空へ向かって吸い込まれ始める。

「待って加奈! お願いだから行かないで……! 私を殺してよ!」



浮き上がる私の手を必死に掴もうとする暦を見て、力なく告げる。

「暦……」

「何⁉ 聞こえないわよ!」



私はまた血を吐き出して、それからこの世における最後の言葉を発した。



「今までごめんね……だからせめてあなただけでも、この呪縛から逃れて」



そして私は高く舞い上がり、渦巻く赤黒い雲に吸い込まれて。

鳴り止まないベルの音が遠ざかるのを聞きながら、そっと目を閉じた。
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