イジメのカミサマ
エピローグ
ジリリリリンッ……どこかの部屋から、目覚まし時計の音が聞こえてくる。
それを妙に懐かしく感じながら、私は目を覚ました。
あの無機質な灰色の教室とは違う、真っ白で清潔感のある病室の天井。
私はベッドで起き上がると、お腹に鋭い痛みを感じて顔をしかめる。
やっぱり……あれは全部夢じゃなかったのかな。
「まだ動かない方がいいわよ。今死んでもどうせ天国になんて行けないんだから」
その声に驚いて横を見ると、月詠暦が椅子に座ってベッドの私を見つめていた。
「暦……? 私はどうして……?」
「生きているのかって? この私のおかげに決まってるでしょ。現実世界に戻った後、死にかけのアンタを担いで近くの病院へ運んだのよ。危うくアンタは一命を取り止めた。その後私は捕まったけど、アンタにいじめられていた証拠を提出して減刑してもらった。今は仮釈放中よ」
「どうして私を助けたりしたの?」
「助けた、だなんて一言も言ってないけど?」
そう言って――暦は突然立ち上がり、果物ナイフの刃を私に突き付けた。
「ここでまた、あの世界の続きを始めるつもり?」
静かに問うと、暦は沈黙を挟んでこう答えた。
「……アンタは何も分かってない」
「どういうこと?」
「当たり前だけど、私はアンタのことを絶対に許さない。一生許すつもりはない。だけど、アンタの願いがどれほど強いかは伝わった。だから私がアンタの監視者になる」
決然とした瞳を湛えて、暦はナイフを握りしめる。
「もしアンタがまた私をイジメたら私は全力で立ち向かう。他の誰かを傷つけようとしたらあらゆる手を使って止める。それがカミサマの座を継げなかった――私の新しい役割よ」
「もし止められなかったら?」
「今度こそこのナイフでアンタの息の根を止めて、この連鎖を終わらせる。それはアンタの願いでもあるはずでしょう?」
彼女は私の眼前までナイフを突きつけると……そのまま踵を返して病室から去った。
私は、風にはためく白いカーテンを見つめながら目を閉じて考える。
結局、私は暦に『監視者』という役目で縛り付けてしまった。だから『あなただけでも、この呪縛から逃れて』というもう一つの願いは叶わなかったのかもしれない。
それでも、彼女が『これ以上イジメを伝染させない』という私の想いを継いでくれたのは嬉しかった。そういう意味では彼女は本物の継承者だ。
そして私は、これからずっと十字架を背負って生きて行かなくちゃいけない。
……心の中に『カミサマ』という強大な怪物を飼い慣らして。
それが今の私に出来る最大の役目だ。
『コヨミン……コンドハドコマデタノシマセテクレルカナ?』
そんな心の底から湧き上がる怪物の声を押し殺す様に、私は再び眠りについた。
(終)
それを妙に懐かしく感じながら、私は目を覚ました。
あの無機質な灰色の教室とは違う、真っ白で清潔感のある病室の天井。
私はベッドで起き上がると、お腹に鋭い痛みを感じて顔をしかめる。
やっぱり……あれは全部夢じゃなかったのかな。
「まだ動かない方がいいわよ。今死んでもどうせ天国になんて行けないんだから」
その声に驚いて横を見ると、月詠暦が椅子に座ってベッドの私を見つめていた。
「暦……? 私はどうして……?」
「生きているのかって? この私のおかげに決まってるでしょ。現実世界に戻った後、死にかけのアンタを担いで近くの病院へ運んだのよ。危うくアンタは一命を取り止めた。その後私は捕まったけど、アンタにいじめられていた証拠を提出して減刑してもらった。今は仮釈放中よ」
「どうして私を助けたりしたの?」
「助けた、だなんて一言も言ってないけど?」
そう言って――暦は突然立ち上がり、果物ナイフの刃を私に突き付けた。
「ここでまた、あの世界の続きを始めるつもり?」
静かに問うと、暦は沈黙を挟んでこう答えた。
「……アンタは何も分かってない」
「どういうこと?」
「当たり前だけど、私はアンタのことを絶対に許さない。一生許すつもりはない。だけど、アンタの願いがどれほど強いかは伝わった。だから私がアンタの監視者になる」
決然とした瞳を湛えて、暦はナイフを握りしめる。
「もしアンタがまた私をイジメたら私は全力で立ち向かう。他の誰かを傷つけようとしたらあらゆる手を使って止める。それがカミサマの座を継げなかった――私の新しい役割よ」
「もし止められなかったら?」
「今度こそこのナイフでアンタの息の根を止めて、この連鎖を終わらせる。それはアンタの願いでもあるはずでしょう?」
彼女は私の眼前までナイフを突きつけると……そのまま踵を返して病室から去った。
私は、風にはためく白いカーテンを見つめながら目を閉じて考える。
結局、私は暦に『監視者』という役目で縛り付けてしまった。だから『あなただけでも、この呪縛から逃れて』というもう一つの願いは叶わなかったのかもしれない。
それでも、彼女が『これ以上イジメを伝染させない』という私の想いを継いでくれたのは嬉しかった。そういう意味では彼女は本物の継承者だ。
そして私は、これからずっと十字架を背負って生きて行かなくちゃいけない。
……心の中に『カミサマ』という強大な怪物を飼い慣らして。
それが今の私に出来る最大の役目だ。
『コヨミン……コンドハドコマデタノシマセテクレルカナ?』
そんな心の底から湧き上がる怪物の声を押し殺す様に、私は再び眠りについた。
(終)