アニマルコミュニケーターはきょうも彼らを追跡する。
ステルンベルギアの花が散り、エリカが咲き誇る師走(しわす)の中旬。

新幹線と電車を乗り継ぎ約二時間かけ、ようやく地元に到着する。帰路に着くには徒歩でさらに二十五分程度費やさなければならない。

電車を降りていまだに歩き慣れない都会のコンクリートから解放され、少年はほっと肩の力を抜いた。

前進するたび白い地面が二条城の鶯張(うぐいすば)りのように鳴きながら、ずっぽりと穴を作る。人通りが少ない道だからだろう。もともと茶色だった地面がほぼ真っ白に覆われ元あった道がどこまであったのか、地元に在住する土地勘のある人間にしかわからないに違いない。

二時間前までいた都会と比較し、どちらが歩きやすいかと問われれば、一般の人間は迷わず都会の方だと言うだろう。

それは、都会の方が人口密度が高く、除雪業者が忙しなく働いているからである。であるのに、この少年はそれが脳内で理解できていても地元の方が歩きやすいと考えている。

身体的負担に関して言えば、除雪などされていないど田舎の地元の方が高い。

しかし、精神的負担に関して言えば、地元の方が軽いといえよう。

何が言いたいのかというと、いくら身体的負担が高くとも住み慣れた土地の方が合っている。つまり、ど田舎に慣れた身体は都会にはついていけないということが言いたいのだ。身体というよりは精神がというべきか。

空からはらはらと千切れた紙のように降りしきる雪は、少年の頬を悪戯にかすめると、少年はぶるりと身体を震わせ、思わず首を覆うマフラーに顔を埋める。

意を決したようにブレザーのポケットからおずおずと両手を出し、やや前傾姿勢になって透明な氷上を歩き進む。先ほどとは打って変わって鶯張(うぐいすば)りのように鳴きはしない。

それもそのはず、地元の中でも人通りの多い場に出たのである。だからこそ、雪は溶けて透明になり地面と一体化している。つまり、滑りやすくなっているということだ。

しかし、雪を端に寄せて積み上げたような跡があり、所々滑らないところもあったりする。

雪が透明になり地面と一体化していては、目視だけで滑らない箇所を特定するのは至難の技である。触れば判断できないこともないだろうが、一々それをやりながら進むのは効率が悪い。だからこそ、少年は低い姿勢を持続し両手でバランスをとりながら前進しているのだ。

「よう!」
「うわぁっ⁉︎」

その努力は虚しくも打ち砕かれ、後方からかけられた声に驚愕し、尻餅をついてしまった。

先ほどまで少年の周囲には誰一人として人間などいなかったはずである。しかし、それは現在進行形であり、いまも少年以外の人間は周囲にいない。

歯を食いしばり痛みに悶絶しながら尻に手をやれば、湿っていることに少年は気がついた。思わずお漏らしをしたようなズボンの染みを想像し「最悪だ」と内心悪態をつく。

ズボンに染み込み続けているであろう氷から立ち上がる余裕などなく、少年は痛みが引くのを待つことにした。

視界の右端から黒い物体が少年の目に飛び込んできた。それは、尻餅をついた少年の真正面までくると、首を傾げ開いた口をそのままにして少年に話しかける。
 
「大丈夫か? (さとる)

それの正体とは、体長八十センチメートル、全身真っ黒のごく普通にどこにでも存在する(カラス)である。

< 1 / 3 >

この作品をシェア

pagetop