ビッチは夜を蹴り飛ばす。
よいせ———! って無理くり押し切ったら一瞬煙たそうに眉間に皺を寄せたけどなんとか道を開けてくれてやりぃ硯くんやっぱあたしには甘々だなって思いつつ廊下を突き進みダイニングにその人をどしんと降ろす。
改めて見たら本当に大柄だ。190㎝くらいありそうな。我ながら怪力、とふーって息をついて肩を回したら硯くんが動いてその人の首に触れる。
「生きてる?」
「寝てる」
なんだか派手めなばっくり胸元の空いた黒シャツに黒ジャケットに羽みたいのがついていて、腕が血で滲んでる。屈んだ硯くんがあたしに振り向くから目を合わせてからその人を見たら、硯くんがよ、とその人の腕を引っ張って起こした。
「どこ行くの?」
「おでかけ」
「絶対捨てに行くじゃん!!!!?」
「病院病院」
「目が捨てに行く目してるもん!!」
おれは元々こんなだよって遠くを見据えてどっか行こうとするからうええぇ行かせない、って抱き着いたら反動でべしゃと外人が落下する。そしたら足だけ掴んで遺棄みたいな運び方するしおい! 怒るよ!!
「この人重すぎ。上体持って」
「やだよせっかく連れてきたのになんでそんな酷いことすんの! 嫌いになるよ!?」
「いいけど」
「よくない!!」
食い下がってよと胸ぐらを掴んだらそういや魚は? と訊かれた。魚、あ、たぶんどっか置いてきた。てへへ、いっけねって笑ったらほっぺたをつねられて悶絶し、抵抗の合間に鼻を掴んだら首掴まれて待って喧嘩じゃ勝てんので!!
「うええええええ硯くんがいじめ」
「アーもううるっさいわねえ」
落ち落ち寝かせてもくんないの、と起き上がったその体に二人して振り向く。なんとか身を起こしたものの肩の傷を抑えて蹲った彫りの深い黒人のその男は、あたしと硯くんを交互に見て目を細めた。
「………ah…Korean?(えっと、韓国人?)」
「たぶん日本」
その返し前にも聞いたよねって首を傾げるあたしに硯くんは警戒を解かない。