ビッチは夜を蹴り飛ばす。
あんたたち何者なの、と訊かれて二人揃ってVサインする。
「「亡命者」」
ふつーに日本帰ったらワンチャン捕まっちゃうんだよねえー、って笑ってからその現実にやれやれと思うよ。だって迂闊に帰ってもしあの事件の身元が割れて捜索されてたらあたしたちしっかり大罪人だもん。だから定期的にナカジと連絡取ってニュースになってないよとか大丈夫だよって言ってくれる今時のパソコンひとつあればできるリモート機能は素晴らしいと思うし、ただまあモニター越しに硯くんを見たら相変わらずバーストするのはちょっとやめて欲しいと思うけど。
「てかなんでそんな話」
「はぁ、見りゃわかんでしょこんな深傷負ってんだからカタギじゃない人間探してんのよ」
「あ———むりすねおれらばりばりカタギなんで」
「カタギの態度じゃないよそれ」
硯くん、ってソファに座って組む足は長いなあと思うけど今考えることと違うよね。で、「じゃ、そゆことで応急処置もしましたしお引き取り願えますか」と冷たく言われると、「なによそれ」と明らかにジュリアンが分かり易すぎるほどに掌を返した。
「…………助けてくれたからてっきりその道の人かとばかり思ったのに…くだらない。そういうことなら乳臭いガキには用ないわ」
「はあ!?! これでも16だし!!」
「まだまだガキじゃない。そっちのぼくだって18かそこらでしょ」
「成人はしてますね」
あ、くそ惜しい年齢もうちょいで聞けたのに、じゃなくて。
「重い思いして運んできたあたしに他に言うことあんじゃないの!」
「頼んだ覚えはないわ」
「なにっ!?」
「だから言ったろ日本とは違うんだって」
ぐやじい、と思わず震えるあたしに代わり、涼しい顔で立ち上がった硯くんがおもむろにジュリアンの腕を取る。で、一度怪訝な顔をした瞬間
思いっきり怪我した腕に爪を立てた。
「ぎゃぁああぁあああああああ!!!!!!!!」
「こっちはあんたのせいで晩飯オジャンにしてんだよ。どう落とし前つけてくれんの」
「help!! impossible!!(助けて! 無理だから!!)」
「鳴ちょっとここ掴んでて。車回してくるから海に捨ててサメの餌にしよ」
「ラジャ」
「あたしが悪かったからあたしが悪かったからごめんなさい命だけは助けてえ!!!!!!!!!!!!」
せっかく応急処置したのにすっかり真っ赤に染まった包帯からは絞れそうな血が滲んでいる。最後にもう一剥き爪を立てた硯くんがべっと乱雑に手を離すとジュリアンは「oh my god…」と震えて蹲り、あたしは慌てて救急箱を持ってきた。
「従業員に逃げられた?」
包帯を巻き直して涙目になったジュリアンは、こくんと頷く。