ビッチは夜を蹴り飛ばす。
『スズリ!』
ホテルの部屋からぼんやり外を眺めていたら、豪快に扉を開けたミレーナが嬉々とした眼で声を震わせた。
『ジャンから連絡が』
『あっちから連絡が?』
『私が今朝伝えたの、お金の準備が出来たって』
でもまさかこんなに早く連絡が来るなんて、とそれまでしばらくは文面でのやりとりだったのか彼女は興奮気味にスマートフォンを抱き締める。それでいて護衛兼運転手の〝逃亡中〟のハンターみたいなサングラススーツにねえもっとスピード出ないの、と後部座席から捲し立てると、それを横目で眺めていたおれにそれ見たことかと肩を竦めた。
『だから言ったでしょう? 抱いておいた方が良かったって』
「…すごいな外人の根拠のない自信って」
『それにしてもあなた、せっかくのルックスなのに味覚は子供染みてるのね』
海外にいても裏切らないチュッパチャッパスをかろ、と口の中で転がしながら外を見ていると車体が市街地を抜けて大型倉庫と思しき敷地に入っていく。ミレーナが入り口付近に車を止めるよう指示すると、停車するや否や車を降り彼女はトランクからスーツケースを取り出した。
そして続いて車から降りようとする運転手を手で制す。
『あなたはここで。事が終わったらまた呼ぶわ』
しかし、と渋る運転手が不満げにおれを見ては渋々席に戻り来た道を戻って行く。既に砂利道で飛び跳ねるキャリーケースを片手で引っ張り先を急ぐハイヒールの後に続いたら突然こっちに振り向いた。
『スズリ、あなたもここにいて』
『…』
『ジャンは人見知りなの、それからとても臆病よ。目が見えないから余計、私の気配以外を感じ取ったら殺してしまうかもしれない』
軽く頷いて入り口の壁に背をつける。
かり、と飴の剥がれた棒を手に取って眺めていると、視界の端を二つの影が横切った。