ビッチは夜を蹴り飛ばす。
「Jean! Me, Milena! I wonder if there is.
(ジャン! 私よ、ミレーナよ! いるんでしょう)」
埃っぽい廃倉庫の中、積み荷で半分を覆われた格子硝子の上部分から光が射し込み塵が昇っていく様が見える。静まり返った倉庫の中を自分の声だけが反響し、それでも構わず彼を呼ぶ。
「Jean!(ジャン!)」
「Milena.」
即座に声の出所へ振り向いた。背後に立っていた、ニット帽にラウンド型のサングラスを身につけたロングコート。その愛おしい姿に涙腺が緩むと二歩、三歩と進んで彼の長駆にしがみ付く。
「I wanted to see you.(逢いたかった)」
「I've always wanted to see you, Jean ... Are you okay with your body? I'm sorry because I said it was impossible. Yes, I'm finally ready for the money. Will I get a heart donor transplant? Look, I did my best for you.
(私もよジャン、あなたにずっと逢いたかった…身体は平気なの? ごめんなさい私が無理を言ったから。そう、やっとお金の準備が出来たの。これで心臓のドナー移植を受けられるでしょう? 見て、私あなたのために頑張った)」
キャリーケースの中を証明するために札束を盲目のジャンの手に握らせるとそのままその手を包み込む。
「This money will save your life. And when the surgery is over, we'll be together…
(このお金はあなたの命を救うわ。そして手術が終わったら二人で)」
「That's it.(そこまでよ)」
ジュリアンの声にそれまで嬉々として話していたミレーナの目が露骨に色を失った。
壁みたいな大きな外人から横にずれて姿を現したのは昨日裏カジノの前で硯くんにキスした正真正銘ミレーナで、昨晩着ていたばっくり背中の空いた白のドレスとは打って変わって今日は黒のドレスに毛皮のコートを羽織っている。
そして既に倉庫で待ち伏せしていたあたしとジュリアンを察したのか、顔を上げて敢えて見下すようにあたしたちを見た。
「It's not a brown rat that will kill you if you think of someone. ... I'm telling you to take away my happiness forever.
(誰かと思ったら死に損ないの溝鼠じゃない。…どこまでも私の幸せを奪おうって言うのね)」
「I heard from Amanda and a talented intelligence company. Milena, I'm still in time now. Come back here soon.
(アマンダと有能な情報屋から話は聞いたわ。ミレーナ、今ならまだ間に合う。早くこっちに戻りなさい)」
「Jean, okay, I'll finish it soon, you're gone first.
(ジャン、大丈夫すぐに終わらせるわ、あなたは先に行っていて)」
「That guy isn't heart disease.
(その男心臓病なんかじゃない)」