ビッチは夜を蹴り飛ばす。
やだ!! と食器を洗う後ろ姿に抱き着いたら普通に裾まくって、と言われ着てたシャツをめくったら肘で顔面どつかれた。ねえ。たまに乱暴なのなんなのさ。袖たくし上げてってちゃんと声に出して言ってくれ。
「硯くんが意地悪する!」
「おれは元々いじわるです」
「そんなことないよやさしいもん! 見た目人2、3人殺してそうだけどやさしいことちゃんとあたしは知ってるよ!?」
「褒められた気がしない」
殺してはないよまだ、まだ? って訊きながらほんとに上着を羽織って出て行ってしまいそうな背中に食らいつく。んんん行かないでえええとぎゅうっと玄関の前でしがみついたら片腕に引き剥がされそうになる。すんごい力だ手首がへし折られそうだ!
「硯くんがいいんだってば!」
「なんの話だよ」
「ゾンビ映画観ようよ!! もしくはホラー見てきゃー怖いってやつした」
いっ、て叫んだらくるんと回って扉に押さえつけられた。え、と見上げて笑うあたしに降ってくる冷たい目。
そこでピリリリリ、とスマホが鳴る。
「………で、でんわ」
なんだ今の怖かった、って硯くんの腕をすり抜けてテーブルに置いてたスマホを取ったら噂をすれば【トニー】の文字。一度硯くんを見るけどその目がこっちを見ないから手を添えて窓の方に向かい直す。
「も、もしもし?」
《あ! ハローメイ! あのさこの前話してた本手に入ったんだ! 本屋で残り一冊だったんだよ、語学勉強にすっごく役に立つと思う!》
「え! ほんと!? トニー大好きありがとう!」
思わず声を張り上げてからはっとして更に部屋の奥へと進んでいく。
「こ、今度またお金持ってくね」
《そんなのいいよ! 僕とメイの仲だろ! 友だちになれた印ってことで僕からプレゼントしてあげる! それはそうと今日僕配達のバイトでメイん家の近くに来てるんだけど今から会えそうかな?》
「えっ、今から!?」
そこで既に入り口から移動した硯くんがダイニングに入ってきてて、カウンターキッチンのほうに向かうのを見ながらひそっと必死に声を出す。別にやましい関係ではないけどなんだこの後ろめたい気持ちは!
「と、トニー悪いんだけど今からはちょっと」
《あ! あの煉瓦の建物だね見えたよメイ今から行くからまってて!》
「トニ———!!」