ビッチは夜を蹴り飛ばす。
「最近見ないと思ったらこっち来てたわけ? みんなあっちのショップ行ってるよあっちのほーが色々あるのに、なに、ビンテージ趣味?」
「あはは。まーね」
「あ、てかこれ例の彼女ー? 顔よく見せてー」
ねー、って顔を覗き込まれて目があった瞬間、三年生の片方があれ、って声をあげる。
「…ねえこの子、」ってその片割れがスマホを取り出して確認を取る直前にグイッと手首を掴まれた。
「走るぞ鳴」
「えっ、お会計!」
ぺって二人分の支払いをレジで店員に突きつけて栃野がすごい速さで直走る。その勢いに半ば引き摺られる形で必死で全力で両足を車輪みたいに回転させて、街の景色も車から見るみたいに目紛しく切り替わってもう無理止まるって叫びかけた時、ようやく栃野は立ち止まった。
もうだめだ吐きそうだ。パフェを食べた直後に全力疾走なんてしたら普通こんなんなるのわかるでしょ。
ぜえぜえ体全体で呼吸をして、胃から込み上げてくるものをなんとか押し留めながらしゃがんで丸くなる。うう、きもちわるいです。
それは栃野も同じみたいで、しばらく何も言わず壁に背をつけて上を見ていたみたいだったけど、呼吸の音が落ち着いてきてから「大丈夫?」って上から声が降ってきた。
「だいじょばない」
「あは、大変だ」
「お、おかね」
「ああいいよ。たかだか680円」
あそこのパフェ安いよねって栃野が軽く笑って、けど俺まだ注文したの届いてなかったのになってちょっと残念がって言う。思うんだけどさ、栃野くんよ。逃げたら人って追いたくなるじゃん。
逃げるってことは、何かバレたらまずいことがあるからって人って探りをかけるじゃん。
この選択、この全力疾走、状況が顔を上げる意味と価値はあったのかい。
「…どーしよ? これから」
「帰る」
「え、作戦立ててないじゃん」
「栃野とは立てないよ」
何処の馬の骨とも知らないやつに全てをさらけだすほどあたしだって落ちぶれちゃいないんだ。
スイちゃんがどういう思いで栃野をあたしに派遣したのか全然見当も付かないけど、あたまのわるいあたしにだってこれがたぶん正解じゃないことくらいわかってる。だって栃野。たぶん今のでまた変な噂浮上するよ。
「別に俺ん家で作戦会議立ててもいいんだけど」
「本気で言ってんなら神経疑うよ栃野」
「冗談だって」
もういいから帰り道どっち、って指し示したら栃野は「じゃあなげやりついでにひとつお願い聞いてほしい」って人差し指を突き立てた。