ビッチは夜を蹴り飛ばす。
 

 だから雨も雷も嫌いじゃない、って届く声がもう、どんなふうにあたしに伝えてるのかがわからなかった。でも敢えてその顔を見せないために硯くんがあたしを抱き寄せたのかもって思ったら、悲しくて、切なくて。

 そのままきゅ、と硯くんの胸に(すが)り付く。


「…硯くんはここにいるよ」

「うん」








 やらかく手のひらと指先で耳元の髪を後ろに流されて、その仕草にほっとする。

 ドラマや映画なんかでお母さんやお父さんが子どもにしているこの愛おしそうな仕草をあたしは受けたことがなくて、そのまま心地よさそうに眠る愛された子どもが羨ましかった。その感覚の名前がなんなのか、ちっとも理解出来なかった。

 涙が出そうになるんだね、と目だけで硯くんを見上げたら、伏し目がちの鳶色が前髪の合間から星みたいに光ってる。


「…硯くん、こんなのどこで覚えたの」

「鳴で」


 硯くんは時にお父さんみたいだし、彼氏みたいだし、でもやっぱり出会った時からずっとお兄ちゃんみたいだなとは思ってた。年上だし面倒見が良くていつも大人ほど口煩くない忠告をくれるから、あたしはいつもそれに付き従ってた。そうしたら生きることを大体間違わずにいられるから。

 他の誰も知らないよ、鳴もそうでしょ、って言われてやっぱりその目が泣いてるみたいで、きゅう、ともっと硯くんにしがみつく。

 硯くんの匂いがして、優しい鼓動が聞こえてきて、その胸の音を確かめるように耳を当てたら後ろ髪を梳くように撫でられた。その柔らかな命の音の向こうに、あたしを世界から剥がそうとする雷の音はもうしない。


「…硯くん」
「なに」

「あったかいね」


 返事が来たかどうか、わからない。でもやさしい鼓動を子守唄にして涙を流したら、ふたりぼっちの夜のなか、そのまま眠りの世界に落ちてった。







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