ビッチは夜を蹴り飛ばす。
ちゅんちゅん、と鳴く小鳥の囀りで目が覚めた。
目が覚めた先に硯くんがいなくて、ほぇ、って寝ぼけ眼で慌てて辺りを見回せば、薄く開いた扉の向こうから朝ごはんのいい香りがする。
そのまま裸足でベッドから降りて、ひた、ひた、って廊下を歩きながら。キィ、って扉を開けて朝ごはんと、ジュージューって何かを炒めるような音につられてリビングに入ったら、カウンターキッチンの中で朝ごはんを作ってるパジャマ姿の丸眼鏡硯くんがいた。
お兄さん、頭に若干寝癖ついてますよ。
「おはよ」
「…おはよ」
よく寝れた? って聞かれて返事をせずに硯シェフお手製きらきら光るオムレツの出来栄えを見てたけど、ふいにやっぱりくっつきたくなってカウンターキッチンの中に入ったら、お皿に盛り付ける硯くんの背中から手を回してひっ付き虫の真似をする。
「…朝から甘えただな」
「うん、」
そのままうりうり、って顔を擦り付けてたらそれこそばいからやめて、と言われた。
昨日共有したのはすこしだけのひそひそ話。まだ知らないお互いの薄暗い隅っこは雷の夜に消えてって今はもう、昨日の雨が嘘みたいに外から眩しい朝日が射し込んでいる。
「…硯くん、あたし雷すこしだけ好きになれるかも」
「なんで?」
「だって雷の夜は硯くんが一緒に寝てくれるでしょ」
肩越しに見下ろされるからそのままにへって笑ったら、眼鏡の奥ですこしだけ驚いたみたいな顔をした硯くんは軽く笑って前を向いた。
「気が向いたらね」
「硯くんのけち!」
これは雷の日に二人で寝るようになった経緯と、かつてひとりで怯えていたあたしたちの、小さな雨と夜の話。