ビッチは夜を蹴り飛ばす。
「ねえ、本当にこっちであってるの」
二日前からミネがいなくなったんだよね、ミネって誰、うちの猫。
そんなやりとりをしてからかれこれ一時間は経っていた。
青い目をした灰色の体が特徴のロシアンブルー♂、家猫だから間違って外に出ちゃって怯えて帰って来られないのかも、と栃野が言うから、パフェのこともあったし、いくら薄情なあたしにも困りごとを訴える自分を助けてくれた人間を前に「いいから早く帰りたい」の言葉はさすがに出て来なかった。
猫の潜り込むようなところを探すため、どんどん駅から離れて知らない場所に進んでる。狭くて暗い路地だとかさっきからそればっか。
こっちかも、って栃野が言うから言われるがまま仕方なくミネって呼びながら地べたを這いずってみたりしても、やっぱり猫は見つからない。大体猫って夜行性だから昼間のこの時間なんて身動き一つしなくない?
「ねえ見つかんないよ、散々この辺りは探したし、ミネいないと思う」
「悪い、電話だ。ちょっとそっち探してて」
「栃野!」
もしもし、ってのんびりした声がフレームアウトしてさすがにカッと頭に血が昇る。なんなのもう。一時間も探したし、帰り道はわかんないけどパフェの代償は済んだでしょ黙って帰ってやろうかな。
でもそれじゃミネが可哀想。あともう少しだけ探すか、って腕まくりした制服のカッターシャツをもう一捲りしてふとそこで視界にそれが目に入る。
路地の奥に停車しているエンジンがかかった黒のワゴン。
マフラーから灰色の煙が噴き出してナンバープレートは塗り潰されててわからない。窓も黒塗りで、マジックミラー的な。こっちからは見えず向こうから見えてるみたいなシステムの窓ガラス。
「、」
考えるよりに先に体が動いて、足早にその場を立ち去ろうとする。電話をしていた栃野の横をすり抜けた直後その手があたしを鷲掴んで振り向かせた。
「栃野てめえ!!」
「えー口悪。待ってよミネ見つかってないじゃん」
「ミネなんか本当はいないんだろ!!」
「いたよ五年前に死んだけど」
反論する前に後ろから口を塞がれてしー、と頭の上から声がする。そのまま身を捩ったらカチカチ、と音がして、目だけを向けたら抜き身のカッターの刃がまくったあたしのお腹に直接突きつけられていた。