ビッチは夜を蹴り飛ばす。
「…硯くんはあたしが肉塊になってもいいっていうんだ!」
「おれは節度を弁えろって話をしてる」
「あたしは硯くんが腰痛めないようにって考えて痩せようとした!」
「ほー」
「ほーってな、にっ!?」
ぐわあ、と一気に反転した世界にあわや落っこちそうになる。
なにを思ってそんなことを叫んだのか、実はダイエットの全てはいつかお姫様抱っこでもされた時硯くんに重、って思われたくないからで。
それがまさかこのタイミングで叶うとも思わず、しっかりお姫様抱っこされて至近距離に迫った顔がそれはそれは静かにあたしを見た。
「…軽いじゃん」
「…、へ」
ぶわ、と上り詰める熱もそのままにまってこわい、ってしがみ付いたら硯くんがあたしを姫抱きにしたたま歩き出す、え、え、ちょっと!
「え、あ、硯く、まって、どこ行く」
のっ、の合図で人をダメにするクッションの上に落とされて一気に埋もれた。わぶ、おぼれる! ってなんとかそのビーズクッションから顔を出したらさて、って相変わらず散らかった部屋を片付けがてら硯くんが背を向ける。
「風呂行こ」
「一緒に入る!!」
「絶対やだ」
「んん!?」
甘いのか辛いのかどっち! って叫ぶあたしを跳ね除けて結局あたしの切望は叶わなかった訳だけど、肝心の硯計によるとまぁ許容範囲内だったみたいだし、その後一週間の成果あってマイナス3キロを達成したあたしはその日からまた硯くんの作る美味しい美味しいご飯にありつけるようになったとさ。
「…やばい」
3日後、海外ドラマを観ていた硯くんの背中に涙目で訴える。
右手にポップコーンの袋、左手にチョコレート菓子、小脇にピーナッツバタークッキーの缶。それを抱きしめてにへ、って笑ったら、硯くんはあたしを上から下まで見て、呆れたようにため息をついた。
「だからとりあえず菓子やめろ」