ビッチは夜を蹴り飛ばす。
「…トニー」
かしゃん、とハンガーをポールにかけた音がなんか妙に響いて飛び跳ねた。洗濯物の全てを干し終えて部屋に入ってくる硯くんがあたしの横をすり抜けて、あわあわして振り返る。
「べっ! べつに何もやましいことないってば!」
「おれまだ何も言ってないよ」
「うっ」
「トニーねぇ」
ふーん、って低くて長い相槌を打つ硯くんにだらだらだら、とさっきから汗が止まらない。
「今度の土曜ここで勉強するんだ」
「う、ん」
「ふたりで」
「…」
「わざわざおれのいないとき見計らって」
にっこり微笑まれてその笑みが爽やかすぎてわーっ! って硯くんにしがみつく。
「ちっちがっ! 違うんだってば!」
「何が?」
「だって硯くんがすぐそんななるから!」
「そんなって何」
軽く息をついてふい、って顔を逸らす素っ気なさが明らかにいつもの温度感と違うからそれだよそれ、って叫ぶのには? みたいに逆ギレされて全然説明出来ない。硯くんわかってよ。自分の感情くらい自分でいい加減わかってよ!
「硯くんそんなだったらトニー怖がっちゃうから考えてそうした!」
「別に好きにすればいいじゃんおれ夜まで帰んないし」
「時間延びたな!?」
「ごゆっくり。トニーと二人で楽しんで」
「硯くんんんんんん」
わかれよおおおおとずるずる腰にしがみついて結局べい、って剥がされて廊下に消沈する。
その日から夜ご飯だってあたしのそんな好きじゃない料理のラインナップ出されたり湯船浸かりたいって言ったのにユニットのお湯抜かれたり(絶対確信犯だよこれ)口こそ利いてくれるけどいつにも増して素っ気なさに磨きがかかっていたりエトセトラ。
こんなことなら前日に話すんだった、って後悔して過ごした一週間。遂にその土曜日は無情にもやってきて、朝の10時に自分の部屋から外用の服を着ててて、って出てきたらもう硯くんはいなかった。
…たぶんあたしが支度してるうちに出てったっぽい。いつもならあたしにどこそこ出るね、って声かけてから絶対どっか行くくせに、くそう。知らんしもうあんな男。
「…硯くんのばか」
そこでピンポーン、と家のベルが鳴り鏡の前のぶっきらぼうな自分から目を逸らしてはーい、って応えて玄関まで駆けていく。それでもドア開けるときは絶対覗き穴で相手確認してから開けること、って硯くんの言いつけを守って扉を開けたら、トニーに出会い頭早々「メイ!!」って熱い抱擁を受けた。