ビッチは夜を蹴り飛ばす。
「今日はあたしが看病するからね。いつも硯くんにお世話になってるから、うんと甘えさせてあげる。母のように」
「…母なんだ?」
「食欲は? なんか食べたいものある?」
「…特にない」
「わかった。煮込みうどん作ってくるね」
「全然話聞かんじゃん」
何こいつ、って弱ってる硯くんにいや大丈夫皆まで言うなと、あたしに気を遣って甘えるのを躊躇ってるんなら我慢しなくていいんだよと頭よしよししたら割と白い目で見られて速やかに手をおろす。
でもせっかく(?)の機会なのに何も出来ないことにしゅんとしたらここはさすが硯くんで、少し間を置いてから「うどんよりお粥がいい」って声がしてその言葉にぱあ、って目を輝かせて顔を上げた。
「わかった! 今すぐ作ってくる!」
「昼でいい」
「すぐだから! 寝ないで待ってて!」
「昼でいい…」
ほぼ懇願してる硯くんガン無視で部屋を飛び出して台所に立つと、半袖なのに腕まくりの仕草をする。さて、ここからが轟木 鳴の腕の見せ所だ。
ここで一つ問題なのは、前に硯くんが一時帰省した時にも申し上げたのだけどあたしってろくに包丁を持った試しがない。日本でももう再三言った通り料理する場に恵まれなかったし、触ったといえば小中高でした家庭科の授業でほんのちょっとだけ。そしてハワイでの生活では家事の全般を硯くんに任せている始末、え、ちょっとスパダリに甘えすぎてやいないかあたし。
よく愛想尽かされてないなせめて今日から洗濯とか自分でしよ、と青ざめてから米櫃に手を伸ばし、お鍋にざー、と移し換える。今まで日本にいて海外の商品輸入することはあったけど、お米に関してはやっぱり日本が一番で今は通販で逆輸入してるからこれは日本のメーカーだ。
そのままお鍋にある程度の水を入れ、スマホ片手にお粥のレシピ通りに作っていく。卵とお塩と。少しの葉っぱ。葉っぱないな。パクチーでいっかな。
レシピ通り作れば簡単にそれっぽいものが出来上がり、なんだ簡単じゃん、と火を消してから念のため味見する。…味薄い気がする。
「…せっかく作るんだから味付けはちゃんとしたほうがいいよね」
とびきりおいしいのを作って「鳴すごいじゃん、秒で治るわ」と硯くんが微笑むビジョンがもわもわと頭に浮かび、そのままプロポーズまでをしっかり妄想しうむ、と目を閉じる。成功を思い描くのって、だいじ。
なので。
「…あたし本気出すよ硯くん」