ビッチは夜を蹴り飛ばす。
こんこん、と硯くんの部屋をノックしたのは言われた通りお昼の時間。
寝てたのか、少しだけ扉を開けて窺うようにしたらベッドの上の塊がもそりと反応を示した。
「…ごめん起こした? あれだったら出直す」
「…いやいいよ」
入んな、と言われてトレー片手に慎重に扉の隙間から中に入る。そのままいそいそと丸テーブルをベッドの横に設置してたら寝癖ついててちょっとパジャマ着乱れてる硯くんがかわええ、と心中で悶えつつおしぼりを渡し、お椀に移してかられんげと一緒に硯くんに渡しかけて立ち止まる。
「あ、ふーふーしてあげよっか」
「大丈夫」
そこはいらんのか、そうか、と聞き分けて渋々渡したらマスクをずらして現れるいつも見てる硯くんの綺麗な顔。いただきます、って言うからなんとなく正座して背筋を伸ばしてこくこく、って頷いたら伏し目がちに軽く笑われて。
そのまま赤い唇にお粥が飲み込まれて行った。
「………ど、どうかな」
「…」
「す、硯くん?」
「うん」
一度ぴたと停止し、少し横を見てから何度か頷く硯くん。うんとは? と思いつつそれでもそんな挙動があったのははじめだけで、ちゃんと食べ進めていって、あっという間に持ってきたお腕の分を全部食べ尽くしてくれた。
「ありがと鳴、ごちそうさま」
「う、うん! また言ってくれたら作るから! しんどくなったらあの、壁ドンしてくれたらすぐ来るから! いっぱい寝てね! すぐ元気になるから大丈夫だからね!」
「うん」
いつもよりちょっと眠たげな鼻声にゆったりと言われて、くしゃ、と頭を撫でられる。それでまたきゅんとして離れがたくなったけど、マスクを付けてしっかり睡眠体勢に硯くんが切り替わったのであたしもここは聞き分けておやすみ、ってお椀を片して部屋を出る。
…よかった。硯くんの役に立てた。
ほー、と胸を撫で下ろして食べ終わったお碗とれんげをキッチンの流しで片してから、鍋に残ったお粥を見る。…ちょっと作りすぎちゃったみたいだ。お米の配分間違えた、硯くん風邪ひいたのジュリアンのせいだし、うん。
「やだなにこれ? 水の配分間違ったの?」
「お粥だよっ!」
えー水気多くて見るからにまずそうね、って言うのは残飯処理目的で硯くんに風邪をひかせた諸悪の根源ジュリアンだ。日本には体壊した時こういうの食べるの、ってその日の晩の営業に備えて店で下ごしらえをしていたジュリアンに、カウンター越しで前から鍋を突きつける。
「お昼まだだったら食べてみてよ、騙されたと思って」
「いまお腹空いてないからいらないわよ」
「はいあーん!」
嫌がるジュリアンに食えと言わんばかりに無理くりれんげを押しつけてその口に突っ込む。すると同時にジュリアンのただでさえ大きな目が火がついたようにかっぴらいた。