ビッチは夜を蹴り飛ばす。
「座って」
「…」
「せいざ!」
しゃーなしと言った感じで硯くんが三角座りしようとしたからぺい、と手を払って正座をさせた。最近また軽くパーマをかけたのか猫っ毛にしてる硯くんはその日濡れ髪っぽくスタイリングしていて、ふわ、と一瞬男のひとのワックスの匂いがしてくらりとする。ええい。いまはそんなのどうでもいい!
「硯くんがいうこと聞かないからあたしは怒った! だから罰を与える!」
「…ばつ」
「あたしがいつもいつも甘やかすと思ったら大間違いなんだからね!」
そこで待ってろと今一度指差して洗面所まで走ると、軽く辺りを見回してそれを掴んで持ってくる。あたしが戻ってくるまでちゃんと正座でちょこんと座ってた硯くんが素直でかわい…じゃなくて。ちがくて。
「目閉じて!」
あたしの言葉に素直に目を閉じた硯くんを確認すると、速やかにその前髪に触れてふわり、と柔らかな感覚に絆されそうになるけど負けじと強く結ぶ。
そして出来上がった姿を見てぶふっと笑って、散々スマホでバーストしてから目を開けた硯くんにこの刑の名前を伝えてやった。
「やっほー」
「あら、タカリにきたの」
「お昼ご飯食べに来た!」
タカリじゃない、とぷんぷんしてジュリアンが経営するバー「Amore」の扉を叩いたら、お昼だけどやっぱりジュリアンは夜の仕込みに備えてお店にいた。ほんといつ休んでるんだろって思うくらい、割と朝早くても店にいるジュリアンが根っからの仕事人間だっていうのは、このお店が再開されてからすぐに知った話だ。
「あんたたち来るんなら夜来なさいよ、昼間に来たってなんの腹の足しにもなんないでしょーが」
「だって夜来たらぼったくられんじゃん」
「誰がぼったくりだコラ」
おん、と男声でメンチを切られていたらカウンター席にあとから続いた硯くんが腰かける。そして、
「…スズリ、あんた」
「ん」
ひょん、とちょんまげ頭になった硯くんが振り向いた。
「ズ——————www ちょっとやだなにあんたその頭!!」
「鳴にやられた。門限守らなかった罰」
「ナイスメイ!! なんかよくわかんないけどサイコーよ!!」