ビッチは夜を蹴り飛ばす。
「…なんか今日気合い入ってんね」
あたしの髪は俗に言うロングボブ? ってやつで、ボブの延長戦だそれ、って以前に翠ちゃんが言っていた。うちの高校みたいに公立で、校則だってそこまで厳しく無いからこそ、あたしだって叶うなら髪の一つも染めて巻いたりしてみたいと思わなかったといえば嘘になる。でもわりとこの透けない黒髪、嫌いじゃなくて。
お母さんは傷んだ茶髪をしてるけど、顔も知らないひょっとしたらお父さん譲りなのかなぁ、って思うしね。
なんとか頭の上で作ったおだんごは髪の長さ的にどっかの国の異民族(なぜかうまくいかなかったんだが)になったけど、後れ毛満載で出てきたあたしに、硯くんはキッチンテーブルの椅子に立膝をついてそう言った。
いつもきちんと座ったりしてるけど、硯くんも実はあたしと一緒でそこまで育ちがいいとはたぶん言えないので、目を離したら立膝ついて椅子に座ってたり萌え袖だったりでぼさぼさの髪だったりする。
たぶんあたしが真似するの懸念してるんだろね。
珍しくインナーの上に白のシャツを着てて、え、柔軟剤のCMかな? って思ったけど、抜き襟してたシャツから覗くうなじやぼさついた黒髪はそれでも様になっていて、萌え袖した手でくい、とマグに入れた飲み物を口にした。
「うん。似合う?」
「知らん人みたい」
「そうか。轟木 鳴と申す」
「知ってる」
「何飲んでるの?」
タンクトップに、ゆったりパーカー。そんでショートパンツ。家着だけど、ちゃんとした。それを着て硯くんの横を裸足で通りすがったらココナッツジュース、て言われた。お? それあたしのやつじゃないか?
「甘くて糖尿なりそう」
「なんでだし! 美味しいもん!」
「まずいとは言ってない」
「でも珍しいだね、硯くんあんまそういうの飲まないじゃん」
「今日ははじまりの朝にしようと思ったから」
不覚にも同じ想いでいたことに驚いて、冷蔵庫の扉をぱたむ、と閉じた時に目を丸くした。そういえば、いつも夜更かししてる硯くんも昨日は寝るの早かった。さすが、あたしたち運命共同体。考えること一緒だね、って目で笑って、硯くんの後ろを抜けて向かいの椅子に腰掛ける。
それでマグを両手で持って一口。こくん、と喉を潤したら、正面で頬杖をついていた硯くんと目が合う。