ビッチは夜を蹴り飛ばす。
「なんか付けてる?」
「えっ」
「いつもと違う匂いする」
さっ…さすが硯くん、鼻が利く。
空間に放ってそこ潜り抜けただけでも気付くんだ、犬か? 動物か? と思ってから、えーと、とマグをテーブルに置いてそろりと上目で向かいを見る。
「こ、こーすいつけた」
「そんなん持ってたの」
「春に、友だちとノリで買ったやつ」
「へー」
「男をゆーわくするらしい」
えろいよね、ってネタのために言ったのも、敢えて口に出しておいたのもこの後変な流れになった時香水のせいだ、って後から言い訳させないためだ。
それに香水ひとつで男の人を手のひらで転がせるってんなら世界中の女の人がそれを手にしてるだろうし、「この香りで意中の人をイチコロ」とかいう文言が叶うなら、世界に無数の涙は存在しない。ともやゆきだって速攻で彼氏が出来ただろう。
そういえば硯くんと出逢ったのはこの香水買ってからだったっけな、だけど使ってないしな? とか頭でぐるぐる考えてたら、「誘惑ねぇ」とのんびり向かいから声がした。
あたしより大人で、世間を行き交う大人よりは子どもの硯くんは、そんなことで落とせないと思う。
あたしのことどう思ってるのかね、と少しだけまたあたしの中の教授が出てきて神妙な面持ちでいたら、外を見ていた硯くんがまた、あたしを見た。
…女に飾るのを香水やアクセサリと言うなら、この男はアクセサリや香水そのものな気がする。
「む、むらむらする?」
「どんな質問だよ」
「だってわかんないもん。今日のあたしのテーマは24歳女性、生理休暇の朝」
「前から思ってたけど目の付け所鳴は変」
なんだと! 雑誌でよく見るやつだし! とふんす、と鼻を鳴らしたら向かいから伸びた手に後れ毛を耳にかけられた。そのままつ、って滑った男の人の大きな手が、白くて細いけどそれでも確かに硯くんの指の腹が、少しだけあたしの唇をかすめて撫でた。
そしてあたしを見ながらつ、ってこれ見よがしに自分の唇をなぞるからぼん、と顔から湯気が出る。