ビッチは夜を蹴り飛ばす。


 栃野(とちの)の仕業だ。

 なんかマットみたいなのを引いた場所で栃野にがっちり肩をホールドされてて、そのおかげとあってか他の人達には目をつけられてないけど密着し過ぎて暑苦しい!

 しかもこの状態になってからず─────────っとお酒を飲んでるっぽく、振り向いた栃野に夕方の面影はなく、顔は少し赤くて目はとろんとしていた。呂律もなんだか怪しそうだ。


「…なに、めいさっきからスマホゲームばっか」

「ゲームじゃない!」

「そうなの。かあいーな」

「離っ…!」


 せよお、とお酒飲んでるくせして素面の私が腕を両手で掴んでもうんともすんともいわない。いやまて落ち着けめい。今ここで慌てて逃げてもとっ捕まってジ、エンドだ。だったら来るかわからない硯くんを待つ間は朝まで貞操を死守するのも一つの作戦にするしかない。

 直後どっ、と目の前で車のボンネットに仰向けに寝転んだ女性に男の人が覆いかぶさってギョッとして身を潜める。上目で睨んだらふわふわ栃野に「たのし?」って聞かれた。んなわけねーだろぶっ殺すぞ!


「と、栃野、栃野なんで。お前素行不良マンだったのかよ、こんなこと絶対スイちゃん望んでない」

「スイはなー…うん…あいつ美人だけど…彼女っていうブランドでしかないんよ俺的に…釣った餌には魚あげないタイプ…」

「魚に餌な!?」

「スイだって俺のことそー思ってる。だからあいつも自由にしてるし、俺も自由にすんだ。…わかるこの意味?」


 ふるふる、と小刻みに顔を振ると肩に回っていた手がつい、とあたしの耳を撫でた。恐怖にびくっと身を震わせたのを誤解して栃野はあれよあれよと言う間に近づいてくる。やだ。やだ。やだやだやだ!


「…好きだめい」

「あたしは全然好きじゃない!」

「そーいうとこ可愛いーって前から思ってたんだよ」


 あと顔が童顔で俺好み、って聞いてもいないことを言われてく、と顎を持ち上げられる。酒に浮かされて熱っぽい瞳で見てくる栃野の顔は確かに他の女子からしたら悲鳴モノかもしれないけれどあたしにとっても悲鳴(拒絶)モノで。

 親指の腹で唇を撫でられたと思ったら、そのまま顔が傾いてくる。むわっとアルコール臭が鼻をついて、背けようにもホールド決められてるせいで逃げられない。

 こんな時少女漫画なら、映画やドラマならいいタイミングでヒーローが駆けつけて間一髪ってなるとこだけど現実は甘くない。


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