ビッチは夜を蹴り飛ばす。
「お兄さん、名前なんてーの」
肉まん買うからお会計まってくだ、と告げたらトング片手に肉まんのショーケースへ肘を置いたお兄さんが制服の名札を指差した。石に、見るという字。
「せっけん」
「硯」
「へーっ。変わった名前。聞いたことない。本名?」
「苗字だから本名とかないんじゃん」
父親のやだから身内から引っ張ってきたんだよね、って文言の意味をこのときは全くもって理解出来なかったけど、後々に理解することになる。すずり、へー、すずり。んじゃ、今日からすずりさんに相手してもらえるわけか。
「けどお兄さん硯さんって感じじゃない」
「早く選んでくんない? 待ってんのよ」
いつまでもあんたが迷ってるとおれの仕事が進まない、って言うからええ? って意地悪くあたしはバーコードを読み取ってくれたエナジードリンクを口にする。
「仕事って、えろ雑誌見ること? お兄さんやんきーだな」
「勉強してる」
「はは。童貞?」
返事が来なくてまっさかね、って笑ってあたしも経験ないけどさーって笑ってからピザまん、肉まん、あんまんを物色するフリしてお兄さんを盗み見る。気怠げアンニュイ、硯くん。すずりくん。硯くん!
硯くんってよくね! って閃きにきらきらした目で振り向いたら、相変わらずやる気のない目が選べた? って問いかけてきた。そういやこの人さっきからというか初っ端からあたしを客として認識してないだろ。めちゃくちゃタメ口じゃねーか、まぁいっか。
「硯くんってどう!」
「なにが?」
「呼び方!」
「肉まんについては?」
「あたし、轟木 鳴! 都立城南高校出身! ぴちぴちの女子高生!」
「なんか始まった」
もういいわ、って肉まんのショーケースを閉じてトングを置いた硯くんはそばに置いてあったバインダーを開いてボールペンでチェックを付けたりする。ふんふん普段のコンビニバイトはこんなことしてんのね、西山バイトはこんなことしてたっけな! と金魚の糞みたいに付き纏ってたらふいに「轟木 鳴」って呼ばれた。
「え、なに?」
「それも変わった名前じゃん。覚えらんないわ」
「えー。覚えていいよ。あたしここの常連だよ、硯くんよりこのコンビニのこと詳しいよ」
「おれ元々昼間入っててシフトスライドしただけだからもうここ7年目だよ」
「硯先輩」
「頭が高い」