ビッチは夜を蹴り飛ばす。
う────────────っ。
ちゅ、と触れた唇に両手をグーにして耐えるのに、ぎゅっと閉ざした唇をこじ開けるようになんか生暖かいものが、栃野の舌があたしの唇を舐めてぎゃーっ!
熱に浮かされた瞳が「めい、」って優しく呼ぶけど栃野が呼ぶべきはあたしじゃない。ふるふるって顔を左右に振るのに軽く笑われて首の付け根に顔を埋めた栃野の手がごそ、ってスカートの中脚の付け根、あたしの下着に引っかかる。
「やだ、いやだってば! ───栃野やめっ」
「誰だあいつ」
場違いな低音にひくっと喉が鳴った。
よく見るとそれまでまばらに人が溢れ歓喜で湧いていたその場所の一角に人だかりが出来ていた。くっ、と目を凝らすけど涙で滲んでよく見えない。栃野を押し除けて四つん這いで少し首を伸ばしたらちらっと「どっから来たんすかお兄さん」「聴こえてますかー?」と詰め寄られている上着をだらしなく羽織った眼鏡姿の「彼」が見えた。
数人は警戒して距離を置いていたのに命知らずの一人が何かに気が付いたのか、彼の前まで歩み寄ってはんー? とわざとらしく顔を覗き込む。
「うっわ…お兄さんすっげー綺麗な顔してんじゃん男なのもったいねーな…なんならあんたに下可愛がってもらゔんっ!?」
突如彼が男の首裏に手を回しちゅーっと熱烈なキスをする。された男はんぐ、うう、としばらく呻いたのちぶちっと不穏な音と共に血を噴いて座り込んだ。
「ひっ、舌ぁっ…舌がぁあぁあ!!」
んべ、と真っ赤な血で口角を濡らした彼は舌舐めずりをしくい、と中指を真っ暗な夜に突き立てる。ドン引きする周囲を前に、眼鏡の奥で鈍色の瞳が煌めいた。
「おにーさんがた おれと 仲良く あっそびーましょ」
「硯くん!!」
「───んだよこいつっ…押さえつけろ!!」
怒号より先に殴り掛かった男の腹部に膝を入れ、背後から鉄パイプを振りかぶった男に向かってその仲間を押し退ける。すぐさま違う場所から飛んできた蹴りをひょい、と身軽に避けた彼は車のボンネットに駆け上がりそこから飛躍して男の目に何かを突き刺した。ぐああ、と猛獣みたいな声がして右目に白い棒が刺さってるのが見えてぞっとする。
二人の重傷者を前に完全にたじろいだ男たちを前に、硯くんはのんびりと新たなチュッパチャッパスをからりと口に含んで構える男の膝を借りて道を塞ぐ男の頭を蹴り飛ばした。なんだあれ、身のこなし方がまるで忍者だ。