ビッチは夜を蹴り飛ばす。
「んなんだよあの曲芸男っ…! 誰か止めろって!!」
「んなこと言ったって…っ」
「おーい。いんの轟木 鳴」
め──────いちゃ───んってどっかの名作みたいに悠長に呼ぶけどさ硯くん、あたしはと言えば探されてる味方だというのに怖くて謎の緊迫感。怒りまかせにごた混ぜで巻き添え食らったりしないかい、って怯えてたら高みであたしを探してた硯くんとふって瞬間目があった。
「みつけた、鳴」
ふわ、って目を細めて持て余した服の袖ごと両手を掲げてふりふり、ってファンサするなにそれ硯くんかっこいい!
「硯くんうしろ!!」
直後ヴン、と空を裂いた鉄パイプがワゴンを真っ向から叩きつける。転がって避けた彼はその脚で相手を蹴り、そのまま捻じ伏せ殴りつける。一度、二度、三度四度。もうやめ、と泣きながら懇願する男を見て嗜虐的に微笑んで、首根っこを掴みずるずると車の影へと連れて行く。
怯んで手を出すのを躊躇う男達に構わず上着からライターを弄って、車のガソリンが漏れてるところにぼて、と男の頭を落とすとジッ、とジッポのライターの火をつけて一つずつ指を離して行く。ちょ、ちょっと待ってそれはまずい。
「なっ、なあっ、なあ、っ、ぁ、あ、やだ、やだ、ご、ごめんごめんなさ、ごめんごめんごめんなさいたすけたすけて」
「…緩いんだよ、喧嘩すんなら殺す気で来てくんないと」
「ひぃやだぁああぁあっ」
「おいてめえ!!」
硯くんに待ったをかけに走りかけた直後だった。
ぐん、と首に回ってきた腕に突きつけられたカッターナイフ。震える先端が小刻みに既にかちかちとあたしの首にちくちく当たって揺れていて、声の出所の栃野がくっ、とあたしに刃を突きつける。
「そ、そいつ離せよっ…こいつどうなってもいいんだろうな!!」
「…」
「おい!!」
ぐっ、とカッターの先が完全に首に刺さって青ざめる。つ、とあたしの首筋に赤が伝ったのを硯くんは視認したからか、千鳥足で血走った栃野の奇行でも観念したようにぱ、と鷲掴んだ男の頭から手を離した。
どしゃ、と倒れ込む男、ライターを持ったまま両手を挙げる硯くんに誰かが放るように指示をして、離して蹴っ飛ばした瞬間無数の男たちが車のボンネットに硯くんを押さえつける。
「いた、いたた。ちょっと。もっとやさしくして」
「どの口が言ってんだよ! こいつ縛りつけろ!」