ビッチは夜を蹴り飛ばす。

 

 AM4:40。

 夜明け前の暗がりを眺めているとコンビニの電話がピリリ、と音を立て店長は光の速さで引っ掴む。


《も、もしもし、!》

「あ、店長。おれです」

《硯くん!? 帰ってこないけど大丈夫!?》

「いやーすいません、休憩中に戻る予定が成り行きでチキンランすることになっちゃいまして」

《どんな成り行き!?》


 大丈夫!? という受話器の向こうからの投げかけに生きてたら帰ります、と約束にもならない言葉を紡いで電話を切る硯くん。
 オートバイに跨ってハンドルに肘を置いていた彼はノールックでスマホをあたしに向かって投げて寄越して、口を開いてふー、と前髪が浮くようなため息のつき方をした。


「ルールは簡単。お前相当暴れてくれたからさぁ、うちの大将に勝てたらその女連れて帰っていーよ」

「いや喧嘩すんのが怖いから理由つけて送還したい魂胆見え見えなんだよなあ」


 手応えなくてつまんない、って両手で頬杖をつく硯くんの言葉はごもっともで、あんな猟奇的暴行に走った硯くんを押さえ付けてもその多くは彼を見て殴りつけるなどの手を出すことをしなかった。

 代わりに奥で数人の男たちが話し合ってそうだそうしようって切り出して、だだっ広い道路のど真ん中、オートバイ同士が向かい合う今現在に繋がるわけでして。

 いいから黙ってやれよ、って狂気じみた男の怒号は怖くてあたしは縮み上がるのに硯くんは「はあい」って呑気に返事なんかくれちゃって、でもマフラーをどるん、って鳴らす姿はいつもの深夜2時には見たこともない姿だったから様になりすぎてぞっとした。


 証拠に乱闘の後から出てきた女の人数人も恍惚とした表情で硯くんに頑張ってー、って謎のエールを送っていて、おかしい。この場において硯くんの味方はあたしだけのはずなのに!


「衝突間際でハンドル切ったほうが負けな。言っとくけど負けたら日の目は見れないと思え」


 向かいでスタンバイする男の方もギラついた目で硯くんを睨んでいて、開始の合図を前にどるん、と両者のマフラーの音が響き合う。

 はじめの合図でどっ、とオートバイが物凄い速度で両者に向かって走行し、硯くんの黒髪が風を受けて舞い上がった。



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