ビッチは夜を蹴り飛ばす。
どっかの誰かさんに呼び出されたおかげでね、ってポケットに手を突っ込みながら言うけど、いつの間にかちゃっかりポップコーンのバケツ肩に提げてるし抹茶塩食べる? って聞いてくるくらいにはちゃっかり順応しちゃってんだから硯くんってすごいや。
うえぇむり、って青ざめた顔で、でも駆け回ったおかげで手に入れたファストパスの存在が目に映るからそれが無に還るのは虚しくて。
遊園地の木陰のベンチでへこたれていたら、ブワ、ってあたまに何かが乗っかった。
なに、って振り向くと、そこに今度は顔を食べられてるタイプになってるワニみたいな被り物にサングラスをかけた硯くんがいて、あたしもピンクの海獣の被り物をされていた。
そのまま歩み寄った硯くんに顎のマジックテープを丁寧にとめられて、まぬけな星のサングラスをかけられる。
「しんどいなら経口補水液飲む、鳴」
「遊園地まで来てそんなのはやだ」
「おれたちが朝を迎えるのはまだちょっと早かったんだよ」
暗いところの待ち合わせが合ってるでしょって聞かれて、心底そう思う。夜風と、誰もいないどこか不安定な深夜枠。ここで笑ってる他の誰かが眠りについた、静寂と不穏の時間。それがでも、とてもまだ愛しいの。
「そう思うなら光は遮断しても別に誰にも文句は言われない」
「…」
「バカになるんでしょ。今日」
少し間を置いてこく、って小さく頷いたら、ピンクのハートのサングラスをかけた硯くんの口の端が少しだけ上がった。日焼けを知らない透明なあたしたちを、照りつける太陽ってなんだかまともらしくて嫌だ。
でも他と違うフィルターをかけたら嘘みたいに気が楽になったってことは、たぶんあたしの居心地の悪さは、まともから離れたことによる不快、それだけじゃなかった。
硯くんがあてがってくれた被り物とサングラスが光と外界を上手く遮断してくれたおかげもあって、そのあとコーヒーカップに乗った。ぐるぐるハンドルを回し続けるあたしと、三半規管ぶっ飛んでる硯くんが優雅に寛いでて、そのあと二つの絶叫にも乗って、なんか月型の左右にぶんぶん振り回されるやつにも乗って、コウモリみたいに空を飛ぶやつとか、考えなきゃいけないこと、ばかになって順番に頭を整理した。
たぶんネジ2、3個外れたと思う。整理もばかになることも天才とばかみたいに紙一重で、世界の万物ってそういうティッシュ一枚挟んだギリギリのラインで成り立っていたりする。知らんけど。